に三菱地所部長の赤星氏が巻ゲートルをして突立っておった。私が目礼した時、氏も目礼を返したが、それが私であることは認めなかったようだ。私は相変らず和服を著て、尻をからげて、白いズボン下をはいて、腰に大きな手拭をぶら下げていた。それにひげは生え、目は落窪んでいたため、私であることは気づかなかったのであろう。それに氏の顔面筋肉は引きしまり、何事かを沈思しているように見えた。幸いに火災は免れたけれども、多少の震災は免れなかった三菱村の諸建築の事は一にかかって氏の双肩にあるのだもの。わがホトトギス発行所たる丸ビルの一室が気になって来た私とは大変な相違である。
丸ビルの地下室の食堂が開かれたのはそれから間もないことであった。群衆は殺到した。その時から食券は前売ということになった。必要に迫られるといろ/\新しいことが発明せられる。群衆の殺到、混雑から、食券の前売ということが工夫せられた。そうして今日ではその事が、こういう食堂の一般の通則となった。
二階の大丸呉服店にも客が殺到した。これより前大丸の店は客が店員より少いという評判であった。震災後になって俄《にわか》に客が激増した。それはその筈である
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