に『すいとん』の旗が出ていて、そこに人が黒山のようにたかっているのを見た。
私はこの『すいとん』に腹をこしらえたことも一、二度ならずあった。しかしこの時八重洲町を歩いているうちに、どこであったかを忘れたが、(否、どこということを十分気にもとめなかったが)ある洋館の這入口《はいりぐち》に『ライスカレー一杯二十五銭』とある札を見て、私は大旱に雲霓《うんげい》を得た心持でそこにはいった。そこは震災に荒されたあとは見えたが、かなり立派な食堂であった。給仕人もちゃんと白い洋服を著《き》ていた。そして暖かそうな白い飯に琥珀《こはく》のような光りのある黄汁をかけたものが、私の前に運ばれた。昨夜軍艦の中では缶詰の牛肉を食った。その牛肉は素敵に美味《おい》しいものであった。それにパンも食った。そのパンも美味しかった。が、しかし白い御飯にありつくのは久しぶりであった。ましてライスカレーというような御馳走にありつくことは、予期しなかったことであった。私はそこで腹をこしらえて丸ビルに向った。
丸ビルは多少破壊しておったが、それでも巍然《ぎぜん》としてそびえておった。丸ビルの中も雑踏しておった。その群衆の中
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