近頃たよりがない。」と殊に親しいその俳人の一人はさっきもその噂《うわさ》をしていた。今取散らした室内に無造作にはいって来たのは正しくその男であった。
「やあ来たな。」とその俳人の一人はいった。
「大変やつれているではないか。」他の一人もいった。
「二、三日寝なかったせいですよ。」
その男は淋しく笑った。
「いつ上京したのです。」
「昨日でした。すぐ横浜に行って又引返して来たのです。」
「いつ出帆するのです。」
「二十三日です。」
今日から数えるとあと四日しかなかった。
一座のものは皆真面目になってこの男の顔を見た。ブラジルといえばわれ等とは地球の反対の側にある。そこへ愈々《いよいよ》三、四日うちにたって行こうというこの男の悲壮なる決心に同情した。
折柄午近くなっていた。雑誌の発送も一片づき片づいたところなので、一同で下の食堂へ飯を食いに行くことにした。
廊下の向うの隅の所に一人の婦人と校服を著《き》た青年とがいた。
「あれが私の家内と弟です。」とその男はいった。
その細君という人はかぼそい人であった。その弟という人は顔立ちがよくその男に似ていた。二人とも淋しそうに突っ立って
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