つかぬようなものが、すぐ丸ビルの屋根の上近くを過ぎていることがある。
 蚤《のみ》もおらぬ、蚊もおらぬ。併したまには蠅が一匹いることがある。七階の上層に蚊は飛んで来ないが、蠅は下界から飛んで来たのであろうか。地下室の食堂の野菜の洗場がここから見える。何だかきたなそうな模様であるが、あの辺から蠅が天上して来るのか。それとも人の背にとまってここまで来たものか。尤《もっと》もそれも長くはいない。一日二日居ってもう居なくなる。
 鼠がいたのに驚かされた。それは私の部屋では無い。八階に用事があって七階の階段を上っていると、瓦斯《ガス》の鉄管の後ろの方に、隠れ顔に大きな鼠がいた。すべて白く塗ってある鉄の壁の中にどうして隠れ場所が見つかろう。かれはまご/\してその鉄管のかたわらを上ったり下ったりして、途方に暮れている容子《ようす》であった。私は珍しくて暫く眺めていたが、鼠も長い尾を上げたり下げたりして、私の方を眺めているばかりで、果てしが無いのでそのまま八階に上って行った。
 一階の森永の男が三、四人表に出て、頻《しき》りに大地をぶっているので何事かと見たら、鼠とりにはいっている鼠をそれから出して逃
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