ければ湯沸場に取りに行く。お化粧がしたければ洗面所に行く。すべてが公開で何の障壁もない。
 夜になると、各階の窓には明るく火がともる。これは丸ビルばかりではない。郵船、海上その他のビルデングもその通りである。三十年前ただ真暗な原っぱであった所が今は灯火の海である。

    雨

 雨風の烈しい時は、東京駅から丸ビルに行くまでが大変である。大きな建物がある間を風は吹く。殊に東京駅にぶっつかった風は渦巻きを起こして、どちらの方向から吹くのか、見極めがつかなくなる。されば、雨風の烈しかった後では、途上に雨傘の破れたのが打っちゃってあるのを見る事が屡々《しばしば》である。僅《わず》か東京駅から丸ビルまでの途上に、四つも五つも打っちゃられた雨傘があるのを見た事がある。
 雨の日にはカラコロ/\と石段を駆け上り駆け下りるわが高下駄党の多いことは格別である。なくなった高橋駅長が、『あのカラコロカラコロには困る。』とかいったという話を聞いたことがあるが、困ったところで泥濘《ぬかるみ》が往来に存在している間は仕方がない。和服が全廃されない限りは仕方が無い。私は少々な雨なら雪駄《せった》で辛抱するが、大
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