立ち先に立ちしてこちらで清潔にする。そうすると遂にはいたずら心を止めるようになろう。」と。掃除婦の忠実な掃除っぷりを見ると、いつも私はこの当事者の話を思い出す。
 朝早くまだ掃除婦の来ない時か、もしくは昼間、掃除婦の遠ざかっている時に便所にはいると正に驚くべき現象を見ることがある。それはどの便所も/\悉く黄色いものがぷか/\と浮いていることである。ただちょっと水を出して流すだけの手数をせずに立去る人の心を考えさせられる。
 私はここを出て、再びわが事務所のドアを鍵で開けてはいる。部屋にはもうスチームが通って愈々《いよいよ》暖かだ。事務員もそろ/\来る。四隣の室にも人声、物音が聞こえはじめる。そろ/\とビルデングの活動がはじまりかけたのである。
 やがて集配人が肩に掛けている鞄にはみ出すようにつめ込んだ郵便物を配達して来る。これ等の集配人は丸ビルのみを受持つものであるそうな。この丸ビルには一千に近い事務室がある。これを平地に延べて見たらば先ず一千戸ある町である。それに配達する郵便物は可なりな分量のものであろう。そこに配達する集配人も特別な人を要するわけである。
 最前から電話の鳴り続けて
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