るようにしてもらい度いものである。二、三人自動車で轢《ひ》き殺してから、又|煉瓦《れんが》を掘りかえして工事をはじめるよりも、めい/\の命が無事なうちに願い度いものである。

    活動がはじまる

 朝早く東京駅に著いて、寒い北風を片頬に受けながら丸ビルに駆け込むと二、三台のエレベーターはもう動いている、八時十五分過ぎ位である。
 七階で降りて、懐中から鍵を出してホトトギス発行所のドアを開けて内にはいると、スチームはまだ通っていないが、鉄骨に昨日のぬくみが残っていて何所となく暖かい。
 四隣の部屋はまだ静かである。昨日帰ったあとにドアの穴から投げ込まれた郵便物が沢山ある。取り敢えずそれを整理する。それから袴《はかま》をぬいで、鍵だけを袂《たもと》に入れ、再びドアをしめて便所に行く。
 便所には女の掃除人が今掃除をはじめたところである。石鹸の汁みたようなものを白い化粧れんがの敷いてある上に流し、ごしごしと磨きはじめる。私はだまって便所の中にはいる。
「おはよう。」という声がする。男の声である。
「おはようございます。」という声がする。これは掃除している女の声である。それから二、三言浮
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