ぜ》のなかに、溌溂《はつらつ》と春さきの気品を見せていた。
「こらァ、豪気だぞい」
 善ニョムさんは、充分に肥料のきいた麦の芽を見て満足だった。腰から煙草入れをとり出すと一服|点《つ》けて吸いこんだが、こんどは激しく噎《む》せて咳き入りながら、それでも涙の出る眼をこすりながら呟《つぶや》いた。
「なァ、いまもっといい肥料をやるぞい――」
 やがて善ニョムさんは、ソロソロ立ち上ると、肥笊《こいざる》に肥料を分けて、畑の隅から、麦の芽の一株ずつに、撒《ま》きはじめた。
「ナァ、ホイキタホイ、ことしゃあ豊年、三つ蔵たてて、ホイキタホイ……」
 一握り二株半――おかみの暦《こよみ》は変っても、肥料の加減は、善ニョムさんの子供のときから変らない――
「ドッコイショーと」
 二タうね[#「タうね」に傍点]撒いて、腰を延ばした善ニョムさんは、首をグッと反《そ》らして、青い天を仰いでからユックリもとの位置へ首を直した。
「おや、また普請《ふしん》したぞい……」
 フト目に入った山荘庵の丘の上に、赤い瓦の屋根が見えた。
「また俺《お》らの上納米で建てたんだろべい」


   四

 そう呟《つぶや》いて
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