に傍点]って、やがて善ニョムさんは腰で調子をとりながら、家の土橋を渡って野良へ出た。


   三

 榛の木畑は、榛の木|並樹《なみき》の土堤下に沿うた段々畑であった。
 土堤の尽きるはるか向うに、桜に囲まれた山荘庵という丘があった。この見はるかす何十町という田圃や畑の地主は、その山荘庵の丘の上の屋敷に住んでいる大野という人であった。
 善ニョムさん達は、この「大野さん」を成り上り者と蔭口《かげぐち》云うように、この山荘庵の主人はわずか十四五年のうちに、この村中を買占めてしまった大地主だった。
「ヨッチ――ヨッチ」
 土堤下から畑のくろ[#「くろ」に傍点]に沿うて善ニョムさんは、ヨロ[#「ヨロ」に傍点]つく足を踏みしめ上ってくると、やがて麦畑の隅へ、ドサリと畚《もっこ》を下《お》ろした。――ヤレ、ヤレ――
「お、伸びた、伸びた」
 善ニョムさんは、ハッ、ハッ息を切らしながら、天秤棒の上に腰を下ろすと、何よりもさきに青黒い麦の芽に眼を配った。
 黒くて柔らかい土塊《つち》を破って青い小麦の芽は三寸あまりも伸びていた。一団、一団となって青い房のように、麦の芽は、野づらをわたる寒風《さむか
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