善ニョムさんはまた向き直って、肥料を移した手笊《てざる》を抱えて、調子よく、ヒョイヒョイと掴んで撒きながら、
「金の大黒すえてやろ、ホイキタホイ」
麦の芽は、新しく撒かれる肥料の下で、首を振り、顔を覗《のぞ》かして、生き生きと躍った。――ホイ、こいつぁ俺がわるかった――善ニョムさんは、首まで肥料がかぶさってしまうと、一々、肥料で黄色くなった掌《てのひら》で、麦の芽を掻き起してやりながら麦の芽にあやまった。
善ニョムさんは、老人のわりに不信心家だが、作物に対しては誰よりも熱心な信心家だった。雲が破けて、陽光が畑いちめんに落ちると、麦の芽は輝き躍って、善ニョムさんの頬冠《ほおかむ》りは、そのうちにまったく融けこんでしまった。
それだから、ちょうどそのとき、一匹の大きなセッター種の綺麗《きれい》な毛並の犬が、榛の木の並樹の土堤を、一散に走ってくるのを知らなかった。
「チロルや、チロル、チロルってば……」
くさり[#「くさり」に傍点]を切らした洋装の娘が断髪を風に吹きなびかして、その犬のあとを追いかけて同じく榛の木の土堤上に現われたのも善ニョムさんは、わからなかった。
赤白マダラの犬
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