の近道を、いつも彼女が帰ってゆく土堤《どて》上の道にでると、もう夕映えも消えた稲田甫の遠くは紫色にもやっていた。
「あなた、いつもここを、あの、いらっしゃったでしょ」
 例の、肩をぶっつけるようにして、それから前こごみに彼女は笑いこけた。
「ええ」
 と、こたえながら、三吉はほんとに呆然《ぼうぜん》としている自分をみた。これはいったいどういうことなのか――前こごみになっている彼女の肩や、紅と紫の合せ帯をしている腰のへん――もうそこにはきのうまでの幻影はかげを消していた。いつもそこで岐《わか》れ道になっている田甫のあいだにはおりてゆかないで、彼女はきづかぬ風に、土堤道をさきへ歩いてゆく。そのへんからは土堤の左右に杉の古木が並木になり、上熊本駅へゆく間道で、男女の逢引《あいびき》の場所として、土地でも知られているところだったが、三吉にはもはやおっくうであった。
「あの、深水さんがね、貴方《あなた》のことを――」
 夕闇《ゆうやみ》の底に、かえってくっきりとみえる野菊の一《ひ》とむらがあるところで、彼女はしゃがんでそれをつみとりながら、顔をあおのけていった。
「――青井は未来の代議士だって、
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