をまじえて、笑いもせずにいっている。そのあいての顔から視線をはずしているのに、口から鼻のまわりへかけてゆれうごくものが、三吉の頭の中にある彼女の幻影を、むざんにうちくだいてゆくのが、ありありとわかった。
「貴女《あなた》のうちは遠くて、通いがたいへんでしょう」
彼女の幻影をとりとめようとして、三吉がそんなことをいった。いいながら案外平気でいっている自分を淋《さび》しく感じている。
「ええ、でも田甫《たんぼ》道あるいていると、作歌ができまして――」
「サクカ?」
気がつくと、彼女は弁当づつみのあいだにうすっぺらな雑誌をいれていた。彼女のある期待が、歌などよくわからない三吉にその雑誌をひろげてみねば悪いようにさせた。そして雑誌をめくりながら、彼女の歌がどれであるかなど、心にとめることも出来ず、相手にひったくられるまで、ボンヤリとそこらに眼をおいていた。
「――サンポなさいません?」
三吉たちの生活にはないそんな文句をいわれて、あわててたちあがったとき、もうとり戻しが出来ぬほど遠いうしろに自分がいることを、三吉は感じずにいられなかった。桜並木の小径《こみち》をくだって、練兵場のやぶかげ
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