った。この不安は、あのハンチングをかぶった学生のボルに話してもわからない。三吉がみたボルは、まだ学生ばかりであったが、三吉が背後にひいている生活、怪我してねている父親、たくさんのきょうだい、鼻のひくい嫁をすすめる母親、そんなことは説明しようがないのである。――
 ――裂けめだ。――
 高島が鹿児島へ発った翌日の夕方、三吉は例のように熊本城の石垣にそうて、坂をくだってきて、鉄の門のむこうの時計台をみあげてから、木橋のうえをゆきかえりしながら、運命みたいなものを感じていた。――若《も》し彼女がうけいれてくれるならば、竹びしゃく作りになって永久に田舎《いなか》に止《とど》まるだろう。労働者トリオの最後の一人となって朽ちるだろう。――そしてその方が三吉の心を和《なご》ませさえした。満足した母親の顔と一緒に、彼女の影像がかぎりなくあたたかに映ってくる。それはこの咽喉《のど》がかわくような気持から三吉をすくってくれるのであったが、とたんに、三吉はあわてだす。昨夜から考えていること、彼女にむかって、何と最初にいいだせばいいだろう? ――深水から話があって、きょう三吉は彼女と「見合《みあい》」するので
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