、まるでないのが、三吉にはショックだった。
「きみ――」
やがて、三吉だけがさきに帰ろうとして、梯子《はしご》段をおりかけると、おどり段まで、ふちなし眼鏡がでてきた。
「――きみ、一度東京へ出てみたらいいな」
三吉はびっくりした。眠っているうち、彼は三吉のことを考えていたのだろうか?
「行くんなら、ぼくが紹介状をかきます」
「はぁ――」
おのずと年長者へ対するようだった。とつぜんだが、三吉にはわかった。三吉にちゃんとしたボル理論を体得させようというのだろう。小野が東京へでてハッキリとアナーキストとして活動しはじめ、故郷へその影響を及ぼしはじめたのと、その正反対の道なのだ。三吉は梯子段にうつむいたまま、ふちなし眼鏡も、室からさしている電灯の灯に横顔をうかせたまま、そっぽむきにたっていた。――
東京! 小野にさえぎられた東京に、もひとつの東京が、ポカリとあいたような気がする。ハンチングをかぶったボルは、三吉に新しい魅力であった。東京大森の前衛社! 赤い旗の前衛社! それはどういうところだろう? くらい道を家へ歩きながら想像している。しかし三吉は、高島にむかって、とうとう返辞をしなか
前へ
次へ
全39ページ中30ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
徳永 直 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング