も、母親も、だれもかれも、うすよごれて、このたいくつな味気ない町にしばりつけられてるようにみえた。
「東京へゆこうか?」
三吉はふところから小野の手紙をだしてみるが、すぐまたふところにいれる。そのハトロン封筒の手紙も、気がすすまないのである。小野は東京で時事新報の植字部に入っていた。小野のほかに、熊本出の仲間であるTや、Nや、Kやも、東京のあちこちの印刷工場にはたらいていた。そして「時事にはいれるようにするから出てこい」と小野は書いているが、「時事はアナの本陣」で、小野は上京すると、同郷のTや、Kや、Nやも、正進会にひっぱりこんだと、得意で書いている。三吉もそこへゆけば正進会員にならねばならないが、それが厭《いや》である。なぜ厭なのか、理論的にはよくわからぬけれど、厭なのである。
小野の上京以来、東京の空が急にせまくなった気がしている。――このうすよごれた町からほとんど出たことのない三吉は、東京を知らないけれど、それまでの東京からはまだ大学生の田門武雄や、卒業して間がない三輪寿蔵や、赤松克馬や新人会本部の連中がやってきた。彼らはサンジカリズムないしアナルコサンジカリズムの思想をふり
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