母親は、三吉と小学校で同級だった町の青年たちの名をあげて、くりごとをはじめる。早婚な地方の世間ていもあるだろうが、何よりも早く倅《せがれ》の尻におもしをくっつけたい願望がろこつにでていた。
「――牛は牛づれという。竹びしゃく作りには竹びしゃく作りの嫁があるというもんだ。たとい鼻ひくでも、めっかちでも……」
 もうすわっていられなかった。鉈《なた》をとって、つくりかけのひしゃくを二つ三つ、つづけざまにぶちわると、三吉はおもてへとびだしてしまった。
 ――こんなとき、以前の三吉は、小野か津田をたずねていったが、いまはそれもできなかった。町はずれへでて、歩きまわるうち、いつか立田山へきていた。百メートルくらいしかないけれど、樹立《こだち》がふかくて奥行のある山であった。見はらしのきく頂上へきて、岩の上にひざを抱いてすわると、熊本市街が一《ひ》とめにみえる。田圃《たんぼ》と山にかこまれて、樹木の多い熊本市は、ほこりをあびてうすよごれてみえた。裁判所の赤煉瓦《あかれんが》も、避雷針のある県庁や、学校のいらかも、にぶく光っている坪井川の流れも、白い往還をかすかにうごいている馬も人も、そして自分
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