ごろ三吉は、何かにつけさぐるような母親の口ぶりや態度にあうと、すぐ反ぱつしたくなる自分をおさえかねた。それで、
「ほら、勘さんとこの――」
 と、母親がいった瞬間、夢からさめたようになった。
「おれ、いやだっていったじゃないか」
 しかし倅のつっけんどんな返辞にもさからわず、母親はだまっていま一服つけ、それからまた浮かぬ顔で仕事をはじめている。それが三吉にはよけいうっとうしかった。母親はその縁談をあきらめているのではなかった。警察から「おたずね者」のシャカイシュギになっている倅は、いわば不具者で、それこそ分相応というものであった。ところが、同じ荷馬車稼業をしている勘さんの娘というのは、ちかごろ女中奉公さきからもどっていて、三吉は知っているが、これはおよそくつじょくであった。だいいちに鼻がひくかった。眼も、口も、眉も、からだじゅう、どこにひとつかがやきがなかった。鼻がひくいと、貧乏にも卑屈にも、すべて不感症であるように、三吉には感じられるのだった。
「でもな、おまえも二十四だ。山村の常雄さんだって、兵隊からもどると、すぐ嫁さんもろうた。太田の初つぁんなんか、もう二人も子がでけとる。――」
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