入りやすい金は出やすいもんだよ。まして月々におくるという金は、なかなかのこっちゃない」
あがりがまちのむこうには、荷馬車稼業の父親が、この春仕事さきで大怪我をしてからというもの、ねたきりでいたし、そばにはまだ乳のみ児の妹がねかしてあった。母親にすれば、倅の室の隅においている小さい本箱と、ちかごろときどき東京からくる手紙がいちばん気になるのであった。
「――ドイツのね、ヨゼフ・ディーツゲンという人は、やっぱり皮なめし工という、手工業労働者だったんだ」
しばらくだまっていた倅《せがれ》が、とつぜんそんなこといいだすと、母親は手をやめて、きょとんとした。
「――いえさ、おれのような職人だったんだが、マルクスと一緒にドイツ革命に参加したり、哲学書をかいたり、非常にえらい人だったそうだ」
母親は、それで見当がついた風で、
「すると、やっぱりシャカイシュギかい?」
などという。――
三吉は、ときどき、そのディーツゲンをおもいうかべることで、自分に勇気づけていた。マルクスやエンゲルスとは別個に唯物弁証法的哲学をうちたてたという偉大なドイツの労働者についてくわしくは知らなかったけれど、感じさ
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