利助」女房は、塀越しに呼びかけようとした。
「馬、馬鹿ッ、黙れ」
利平は、女房の口に手を当てて、黙らせた。
「さぁ、引ッ込め、障子を閉めろ」
利平は、障子に手を掛《か》けたとき、ひょいとモ一度、利助の方を見た。
そのとき、知っていたのかどうか、利助は着物を着ながら、此方《こっち》を振り向いた。そしてじっと、利平の顔を見た……と思った、その眼、その眼……。
利平は、あわてて障子を閉め切った。
「あの眼だ、あの眼だ、川村もあの眼だ!」
利平は、おしつぶされるように、寝床に坐《すわ》ってしまった。
「あんた、利助はどうして会社から脱け出したんだろう……え、あんた」
利平は、頭をかかえて黙っていた。
争議以前から、組合の用事だと云えば、何かにつけて飛んで行った利助である。利平の云うままになって、会社へ送り込まれるということからして、今から考えれば、少し変には変だったのだ。
「コレじゃ、まるで、親も子も、義理も人情もあったもんじゃない」
利平は、咽喉《のど》がつまりそうであった。それに熱でも出て来た故《せい》か、ゾッと寒気《さむけ》が背筋を走った。
彼は夜具を、スッポリ頭から冠
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