すと、他が高らかに和して、鬱勃《うつぼつ》たる力を見せる革命歌が、大きな波動を描いて凍《い》でついた朝の空気を裂きつつ、高く弾《は》ねつつ、拡がって行った。
 ……民衆の旗、赤旗は……
 一人の男は、跳び上るような姿勢で、手を振っている……と、お初は、思わず声をあげた。
「アッ、利助が、あんた利助が?」
 お初は、利平の腕をグイグイ引ッ張った。
「ナニ利助?」
 まったく! 目を瞠《みは》るまでもなく、つい眼前《がんぜん》に、高らかに、咽喉《のど》ふくらまして唄っている裸形《らぎょう》のうちに、彼が最愛の息子利助がいたのだ!
 利平は、呆然《ぼうぜん》としてしまった。
 そんな筈はない……確かに会社の中へ、トラックで送り込んだ筈の利助だったのが……しかし、まごうべくなく利助は、素ッ裸で革命歌を歌っているのだ。
「皆さん、着物を着て下さい。御飯《ごはん》も出来ましたよ」
 女工の一人が大声で云っている。女達がてんでに、お櫃《ひつ》を抱えて運ぶ。焼かれた秋刀魚《さんま》が、お皿の上で反《そ》り返っている。
「これはどうしたことだ?」
 利平は、半《なか》ば泣き出したい気持になった。「利助、
前へ 次へ
全12ページ中9ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
徳永 直 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング