る黒い塀を見ていた。
 恰度《ちょうど》、そのとき……塀向うの争議団本部で、
「ばんざーい、ばんざーい」
 と高らかに、叫ぶ声があがった。
 五十人も、百人もの声である。
「何だろう?」
 夫婦は、眼を見合した。
「どれ……」
 お初が起って行った。そして怖々《こわごわ》に、障子を開けて塀越しに覗《のぞ》くと、そのまま息を凝《こ》らしてしまった。
「何だ、どうした?」
 それでも、お初は黙っている。
 利平は、傷みを忘れて、赤ン坊を打っちゃったまま、お初の背後に立った。
 と、其処《そこ》は、本部の裏縁が見えて、縁下の土間まで、いっぱいに、争議団員が、ワイワイ云って騒いでいるのが、真正面に展開されている。
 縁の上には、二三十人の若い男たちが、折柄《おりから》の寒中にもめげず、スポリ、スポリと労働服を脱いで、真ッ裸だ。
「猿股も脱《はず》しちまえ、とてもたまらん」
 と云いながら、真ッ赤になるほど、身体中《からだじゅう》を掻《か》いてる男もある。
「アラ、まあ大変な虱《しらみ》よ」
 赤い襷《たすき》をかけた女工たちは、甲斐甲斐《かいがい》しく脱ぎ棄《す》てられた労働服を、ポカポカ湯気
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