で来た。医者へもゆけず、ぐるぐるにおしまいた繃帯《ほうたい》に血が滲《にじ》み出ているのが、黒い塀を越して来る外光に映し出されて、いやに眼頭《めがしら》のところで、チラチラするのである。
 恩知らずの川村の畜生め! 餓鬼《がき》時分からの恩をも忘れちまいやがって、俺の頭を打《ぶ》ち割るなんて……覚えてろ! ぶち込まれてから吠面《ほえづら》掻《か》くな……。
 仰向《あおむ》けに、天井板を見つめながら、ヒクヒクと、うずく痛みを、ジッと堪《こら》えた。
 会社がロックアウトをして以来、モウかれこれ四十日である。印刷機械の錆《さび》付きそうな会社の内部に在《あ》って、利平達は、職長仲間の団体を造《つく》って、この争議に最初の間は「公平なる中立」の態度を持すと声明していた。尤《もっと》もそれを信用する争議団員は一人もありはしなかったが……しかし、モウ今日《こんにち》では、利平達は、社長の唯一の手足であり、杖であった。会社の浮沈を我身《わがみ》の浮沈と考えていた。彼等は争議団員中の軟派分子を知っていた。またいろいろの団員中の弱点も知っていた。それで第一に行われたのが、「切り崩し」「義理と人情づく
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