命でもとり兼ねないよ……あれ、ホラ、あんな沢山ガヤガヤ云ってるじゃないの、聞えない?」
 聞えないどころか、利平の全神経は、たった一枚の塀をへだてて、隣《とな》りの争議団本部で起る一切の物音に対して、測候所の風見の矢のように動いているのだ。
 ナ、何を馬鹿な、俺は仮にも職長だ、会社の信任を負い、また一面、奴らの信頼を荷《に》のうて、数百の頭に立っているのだ……あンな恩知らずの、義理知らずの、奴らに恐れて、家《うち》をたたんで逃げ出すなンて、そんな侮辱された話があるものか。
「うるさいッ……あんな奴らはストライキで飯を食って歩いてる無頼漢《ならずもの》だ、何が出来るものか……うるさいから階下《した》へ行ってろ、階下《した》へ行けッてば……」
 お初は、仕様《しよう》ことなく、赤ん坊を抱いて立上ったが、不安は依然として去らない。
「あたしはおろか、子供たちだって、外出《そとで》も何もあぶなくて出来やしない」
 口のうちで、ブツブツ云っている。
「おい、おい、階下《した》にいる警察の人に、川村|検挙《あが》りましたかって、聞いて来い」
 昂奮《こうふん》すると猶《なお》のこと、頭部の傷が痛ん
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