がっていたが、日本に帰って勉強するために、お祖母さんと、妹と三人で、私が犬に吠《ほ》えられて茄子《なす》を折った邸《やしき》の、すぐ隣りの大きな家に住んでいた。
 クラスのうちで一番|身体《からだ》が大きく、一番勉強もできたので、ずウッと級長をしていた。
 林と私はそれまで一緒に遊んだりしたことはなかったが、いつもニコニコしている子だから嫌いではなかった。力の強い子で、朝、教室の前で同級生たちを整列させているとき、級長の号令をきかないで乱暴する子があると、黙って首ッ玉と腕をつかんでひっぱってくる。そんなときもやはりわらっていた。
 林が私のために、邸《やしき》の奥さんに詫《わ》びてくれてから、私は林が好きになった。そして林が奥さんに言ったように、私達はほんとに友達になった。私が林の家へいって、林の妹と三人で「兵隊将棋」をしたり、百人一首をしたり、饅頭《まんじゅう》など御馳走《ごちそう》になったりしたことがあるが、たいていは林が私の家へくる方が多かった。だって私は妹の守《も》りをすることもあるし、忙がしいのだから、一緒になるにはそれより方法がないからだ。
 ときどきは、私と一緒にこんにゃく[#「こんにゃく」に傍点]売りについてくることもあった。そして、
「よし、こんどはおれにかつがせろよ」
 と言って、代ってこんにゃく[#「こんにゃく」に傍点]桶《おけ》をかつぐこともあったが、かつぐのはやっぱり私が上手で、林は百メートルを歩くと、すぐ肩が痛いと言ってやめた。
 しかし林が一緒にこんにゃく[#「こんにゃく」に傍点]売りについてきてくれるので、どんなに私は肩身がひろくなったろう。第一に林はこんにゃく[#「こんにゃく」に傍点]売りを軽蔑するどころか、却《かえ》って尊敬しているので、もうどんな意地悪共が、手を叩いてはやしたって、私はヘイチャラである。
「ハワイって、外国かい?」
 一緒に歩きながら、私達はよくハワイの話をした。林のお父さんも、お母さんもまだそこで大きな商店をやってるということだった。
「アメリカさ、太平洋の真ン中にあるよ」
 フーン、と私は返辞する。地図で習ったことを思いだすが、太平洋がどれくらい広くて、ハワイという島がどれくらい大きいのか想像つかないからだった。
「どうして日本に戻ってきたの?」
「日本語を勉強するためにさ」
「ヘェ、じゃハワイでは何語を教わっていたんだい」
「英語さ」
 私はますますおどろいた。
「じゃ、英語よめるんだネ」
「ああ、話すことだってできるよ」
 私はとても不思議な気がして、林の顔を穴があくほどみた。そしてこの子が何でもない顔をしているんで、いよいよ不思議だった。
 しかし林が英語が上手なのは真実だった。六年のとき、私達の学校を代表して、私と林は「郡連合小学児童学芸大会」にでたことがある。郡の小学校が何十か集って、代表児童たちが得意の算盤《そろばん》とか、書き方とか、唱歌とか、お話とかをして、一番よく出来た学校へ郡視学というえらい役人から褒状《ほうじょう》が渡されるのだった。そのとき私たちは、林が英語の本を読み、私が通訳するということであった。
 読者諸君も、中学へあがられると、たぶん教わると思うが、ナショナルリーダーの三に「マンキィ、ブリッジ」(猿の橋)という課がある。手の長い猿共《さるども》が山から山へ、森から森へ遊びあるいて、ある豁川《たにがわ》にくると、何十匹の猿が手をつないで樹の枝からブラ下り、だんだん大きく揺れながら、むこうの崖にとびついて、それから他の猿どもを順々に渡してやるという話である。林はそれをもう本もみないでラクに英語で喋べるのであった。私は英語はよめないが、国語が得意だったし、お話が比較的上手だったから、先生がえらんだろうと思う。話の筋をよく暗記しておいて、林が一《ひ》と区切りする毎《ごと》に、私も本を見ないで通訳をした。
 学芸大会では拍手|喝采《かっさい》だった。各小学校の校長先生たちや、郡長さん始め、県の役人なども沢山《たくさん》いるところで、私たちは非常に面目をほどこしてから、受持の先生に引率されて帰ってきたが、それから林と私はますます仲良しになった。
 あるとき林の家へいって遊んでると、林が大きな写真帳をもってきて、私にみせたことがある。それはハワイの写真で、汽船が沢山ならんでいる海の景色や、白い洋服を着てヘルメット帽をかぶった紳士やがあった。その紳士は林のお父さんで、紳士のたっているうしろの西洋建物の、英語の看板のかかった商店が、林の生れたハワイの家だということであった。
「ぼくが生れないずッとまえ、お父さんもお母さんも、労働者だったんだよ」
 林はそう言って、また写真帳の他のところをめくってみせた。そこには、洋服は洋服だが、椰子《やし》の木の生えたひろ
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