ん》は三つも溜めちまう。震災後、無理算段で建てた長屋は焼かれる、類焼者には、敷金を一時に返さにゃならず。夫に火災保険が、先々月で切れて居たのです」
 と足袋屋の主人、ベソをかいて零した。
 壁一重隣りに住んで居た、類焼者《やけだされ》の、電気局の勤め人の云うには、
「細君は悪い人じゃないが、挨拶の余り好く無い人で、虚栄坊《みえぼう》の方だ。夫婦喧嘩は、始終の事で珍しくも無いが、殊更《とりわけ》此頃亭主が清元の稽古に往く師匠の延津《のぶつ》○とかいう女《ひと》と可笑《おかし》いとかで盛に嫉妬《やきもち》を焼いては、揚句がヒステリーの発作で、痙攣《ひきつ》ける。斯様《こう》なると、男でも独りでは、方返しがつかないので、此方へお手伝御用を仰《おお》せ付かる。
 火の出る二三十分前にも、亦《また》烈《はげ》しく始まったが、妙にパッタリ鎮まったとは思って居ました。
 夫に、又聴きだから、詳しくは知らないが、慥《たし》か去年の暮、お時さんに生命保険をつけた[#「お時さんに生命保険をつけた」に傍点]ッて事です」
 署長の睨んだのが、亭主の勝次郎だことは、明かである。従って其調べが、寸分の弛《ゆるみ》
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