越後獅子
羽志主水

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)些《すこ》しは

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)当節|流行《はやり》

[#]:入力者注 主に外字の注記や傍点の位置の指定
(例)其屍体の[#「其屍体の」に傍点]
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     (一)

 春も三月と言えば、些《すこ》しは、ポカついて来ても好いのに、此二三日の寒気《さむさ》は如何だ。今日も、午後《ひるすぎ》の薄陽の射してる内から、西北の空ッ風が、砂ッ埃を捲いて来ては、人の袖口や襟首《えりくび》から、会釈《えしゃく》も無く潜り込む。夕方からは、一層冷えて来て、人通りも、恐しく少い。
 三四日前の、桜花でも咲き出しそうな陽気が、嘘の様だ。
 辰公《たつこう》の商売は、アナ屋だ。当節|流行《はやり》の鉄筋コンクリートに、孔を明けたり、角稜《かど》を欠いたりする職工の、夫も下ッ端だ。商売道具の小物を容れた、ズックの嚢《ふくろ》を肩に掛けて、紐は、左の手頸に絡んで其手先は綿交り毛糸編の、鼠色セーターの衣嚢《かくし》へ、深く突込んで、出来る丈、背中を丸くして、此寒風の中を帰って来た。
 去年
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