の十一月に、故国の越後を飛出す時に買った、此セーターが、今では何よりの防寒具だ。生来の倹約家《しまつや》だが、実際、僅の手間では、食って行くのが、関の山で、稀《たま》に活動か寄席へ出かけるより外、娯楽《たのしみ》は享《と》れ無い。
 夕飯は、食堂で済した。銭湯には往って来た。が扨《さて》、中日の十四日の勘定前だから、小遣銭が、迚《とて》も逼迫《ひっぱく》で、活動へも行かれぬ。斯様《こん》な時には、辰公は常《いつ》も、通りのラジオ屋の前へ、演芸放送の立聴きと出掛ける。之が一等|支出《めり》が立た無くて好いのだが、只此風に、耐《こた》える。煎餅屋の招牌《かんばん》の蔭だと、大分|凌《しの》げる。少し早目に出掛けよう。
 隣りの婆さん、此寒さに当てられて、間断《ひっきり》無しに咳き込むのが、壁越しに聞える。今朝の話では、筋向うの、嬰児《あかんぼ》も、気管支で、今日中は持つまいと云う事だ。何しろ悪い陽気だ。

     (二)

 佳い塩梅に、覘《ねら》って来た招牌の蔭に、立籠って、辰公は、ラジオを享楽して居る。
「講座」は閉口《あやま》る。利益《ため》には成るのだろうが、七六《しちむ》ツかし
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