咆《うな》り声を聞いた相だが確かネ」
「人間だか猫だか判らないが、兎に角咆り声を二度迄は聞きました」
「初めて烟を見付けた時刻は何時何分だネ」
「時計を持って居無いんで……」
「時計が無くても判るだろうが」
「夫れァ貴官《あなた》無理ですぜ、火事を見付けて、時計を見てから怒鳴るなんて、其様|箆棒《べらぼう》な話ァありゃしません。働いてから、紙屋さんの時計を見たら九時過でしたヨ。別な話だけれど震災の時だって、十一時五十八分テ事ァ後で、止った時計を見たり、人に聞いたりしたので、一人だってグラグラッ、ハハア五十八分かなんて奴は無かったでしょう。仮令《よしや》時計を見たって三十分も四十分も違ってるのが沢山《ザラ》だから駄目ですヨ」
「宜しい。井澤さん、此男の言う通り実際我国では、時刻の判然《はっきり》しないのには困りますネ、西洋では五分の違いで有罪と無罪と分れたという実例もありますが、左様は我国では参りませんネ、曾《まえ》に一高の教授が、曙町の自宅から学校迄の間の人家の時計を、二百六十とか覗いて見たが、正確な時刻を示してるのが、五ツだった、其上学校の時計台の時計が、正に二分遅れて居た相だ。口の
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