ト、若くて綺麗な男をば
思つてゐるのはかのニンフ、波もて彼を抱締める……
愛の微風は闇の中、通り過ぎます……
さてもめでたい森の中、大樹々々の凄さの中に、
立つてゐるのは物云はぬ大理石像、神々の、
それの一つの御顔《おんかほ》に鶯は塒《ねぐら》を作り、
神々は耳傾けて、『人の子』と『終わりなき世』を案じ顔。
[#地付き]〔一八七〇、五月〕
[#改ページ]
オフェリア
※[#ローマ数字1、1−13−21]
星眠る暗く静かな浪の上、
蒼白のオフェリア漂ふ、大百合か、
漂ふ、いともゆるやかに長き面※[#「巾+白」、第4水準2−8−83]《かつぎ》に横たはり。
近くの森では鳴つてます鹿遂詰めし合図の笛。
以来千年以上です真白の真白の妖怪の
哀しい哀しいオフェリアが、其処な流れを過ぎてから。
以来千年以上ですその恋ゆゑの狂《くる》ひ女《め》が
そのロマンスを夕風に、呟いてから。
風は彼女の胸を撫で、水にしづかにゆらめける
彼女の大きい面※[#「巾+白」、第4水準2−8−83]《かほぎぬ》を花冠《くわくわん》のやうにひろげます。
柳は慄へてその肩に熱い涙を落とします。
夢みる大きな額の上に蘆《(あし)》が傾きかかります。
傷つけられた睡蓮たちは彼女を囲繞《とりま》き溜息します。
彼女は時々覚まします、睡つてゐる榛《はんのき》の
中の何かの塒《ねぐら》をば、すると小さな羽ばたきがそこから逃れて出てゆきます。
不思議な一つの歌声が金の星から堕ちてきます。
※[#ローマ数字2、1−13−22]
雪の如くも美しい、おゝ蒼ざめたオフェリアよ、
さうだ、おまへは死んだのだ、暗い流れに運ばれて!
それといふのもノルヱーの高い山から吹く風が
おまへの耳にひそひそと酷《むご》い自由を吹込んだため。
それといふのもおまへの髪毛に、押寄せた風の一吹が、
おまへの夢みる心には、ただならぬ音とも聞こえたがため、
それといふのも樹の嘆かひに、夜毎の闇の吐く溜息に、
おまへの心は天地の声を、聞き落《もら》すこともなかつたゆゑに。
それといふのも潮《うしほ》の音《おと》が、さても巨いな残喘《(ざんぜん)》のごと、
情けにあつい子供のやうな、おまへの胸を痛めたがため。
それといふのも四月の朝に、美々《びゝ》しい一人の蒼ざめた騎手、
哀れな狂者がおまへの膝に、黙つて坐りにやつて来たため。
何たる夢想ぞ、狂ひし女よ、天国、愛恋、自由とや、おゝ!
おまへは雪の火に於るがごと、彼に心も打靡かせた。
おまへの見事な幻想はおまへの誓ひを責めさいなんだ。
――そして無残な無限の奴は、おまへの瞳を震駭《びつくり》させた。
※[#ローマ数字3、1−13−23]
扨《(さて)》詩人|奴《め》が云ふことに、星の光をたよりにて、
嘗ておまへの摘んだ花を、夜毎おまへは探しに来ると。
又彼は云ふ、流れの上に、長い面※[#「巾+白」、第4水準2−8−83]《かつぎ》に横たはり、
真《ま》ツ白白《しろしろ》のオフェリアが、大きな百合かと漂つてゐたと。
[#地付き]〔一八七〇、六月〕
[#改ページ]
首吊人等の踊り
[#ここから3字下げ]
愛嬌のある不具者《かたはもの》=絞首台氏のそのほとり、
踊るわ、踊るわ、昔の刺客等、
悪魔の家来の、痩せたる刺客等、
サラヂン幕下の骸骨たちが。
[#ここで字下げ終わり]
ビエルヂバブ閣下事には、ネクタイの中より取り出しめさるゝ
空を睨んで容子振る、幾つもの黒くて小さなからくり人形、
さてそれらの額《おでこ》の辺りを、古靴の底でポンと叩いて、
踊らしめさるゝ、踊らしめさるゝ、ノエル爺《ぢぢい》の音に合せて!
機嫌そこねた|からくり人形《パンタン》事《こと》には華車《ちやち》な腕をば絡ませ合つて、
黒い大きなオルガンのやう、昔綺麗な乙女達が
胸にあててた胸当のやう、
醜い恋のいざこざにいつまで衝突《ぶつかり》合ふのです。
ウワーツ、陽気な踊り手には腹《おなか》もない
踊り狂へばなんだろとまゝよ、大道芝居はえてして長い!
喧嘩か踊りかけぢめもつかぬ!
怒《いき》り立つたるビエルヂバブには、遮二無二《(しやにむに)》ヴィオロン掻きめさる!
おゝ頑丈なそれらの草履《サンダル》、磨減《すりへ》ることとてなき草履《サンダル》よ!……
どのパンタンも、やがて間もなく、大方肌著を脱いぢまふ。
脱がない奴とて困つちやをらぬ、悪くも思はずけろりとしてる。
頭蓋《あたま》の上には雪の奴めが、白い帽子をあてがひまする。
亀裂《ひび》の入《はい》つたこれらの頭に、烏は似合ひのよい羽飾り。
彼等の痩せたる顎の肉なら、ピクリピクリと慄へてゐます。
わけも分らぬ喧嘩騒ぎの、中をそは/\往つたり来たり、
しやちこばつたる剣客刺客の、厚紙《ボール》の兜は鉢合わせ。
ウワーツ、北風ピユーピユー、骸骨社会の大舞踏会の真ツ只中に!
大きい鉄のオルガンさながら、絞首台氏も吼《(ほ)》えまする!
狼たちも吠えてゆきます、彼方《かなた》紫色《むらさきいろ》の森。
地平の果では御空が真ツ赤、地獄の色の真ツ赤です……
さても忘れてしまひたいぞえ、これら陰気な威張屋連中、
壊れかゝつたごつごつ指にて、血の気も失せたる椎骨の上
恋の念珠を爪繰る奴等、陰険《いや》な奴等は忘れたいぞえ!
味もへちまも持つてるもんかい、くたばりきつたる奴等でこそあれ!
さもあらばあれ、死人の踊の、その中央《たゞなか》で跳ねてゐる
狂つた大きい一つの骸骨、真ツ赤な空の背景の前。
息《いき》も激しく苛立ちのぼせ、後脚《あとあし》跳ねかし牡馬の如く、
硬い紐をば頸には感じ、
十《じふ》の指《および》は腰骨の上、ピクリピクリと痙攣いたし、
冷笑《ひやかしわらひ》によく似た音立て、大腿骨《こしのおほぼね》ギシギシ軋らす、
さていま一度、ガタリと跳ねる、骨の歌声、踊りの際中《さなか》、
も一度跳ねる、掛小舎で、道化が引ツ込む時するやうに。
[#ここから3字下げ]
愛嬌のある不具者《かたはもの》=絞首台氏のそのほとり、
踊るわ、踊るわ、昔の刺客等、
悪魔の家来の痩せたる刺客等、
サラヂン幕下の骸骨たちが。
[#ここで字下げ終わり]
[#地付き]〔一八七〇、六月〕
[#改ページ]
タルチュッフの懲罰
わくわくしながら、彼の心は、恋慕に燃えて
僧服の下で、幸福おぼえ、手袋はめて、
彼は出掛けた、或日のことに、いとやさしげな
黄色い顔して、歯欠けの口から、信心垂らし
彼は出掛けた、或日のことに――※[#始め二重括弧、1−2−54]|共に祈らん《オレムス》※[#終わり二重括弧、1−2−55]――
と或る意地悪、祝福された、彼の耳をば手荒に掴み
極悪の、文句を彼に、叩き付けた、僧服を
じめじめの彼の肌から引ツ剥ぎながら。
いい気味だ!……僧服の、釦《(ボタン)》は既に外《はづ》されてゐた、
多くの罪過を赦してくれた、その長々しい念珠をば
心の裡にて爪繰りながら、聖タルチュッフは真《ま》ツ蒼《さを》になつた。
ところで彼は告解してゐた、お祈りしてゐた、喘《(あへ)》ぎながらも。
件《(くだん)》の男は嬉々として、獲物を拉つてゆきました。
――フツフツフツ! タルチュッフ様は丸裸か。
[#地付き]〔一八七〇、七月〕
[#改ページ]
海の泡から生れたヴィナス
ブリキ製の緑の棺からのやうに、褐色の髪に
ベトベトにポマード附けた女の頭が、
古ぼけた浴槽の中からあらはれる、どんよりと間の抜けた
その顔へはまづい化粧がほどこされてゐる。
脂《あぶら》ぎつた薄汚い頸《くび》、幅広の肩胛骨《かひがらぼね》は
突き出てゐるし、短い脊中はでこぼこだ。
皮下の脂肪は、平らな葉のやう、
腰の丸みは、飛び出しさうだ。
脊柱《せすぢ》は少々赤らんでゐる、総じて異様で
ぞつとする。わけても気になる
奇態な肉瘤《こぶ》。
腰には二つの、語が彫つてある、Clara Venus と。
――胴全体が大きいお尻を、動かし、緊張《ひきし》め、
肛門の、潰瘍は、見苦しくも美しい。
[#改ページ]
ニイナを抑制するものは
彼曰く――
そなたが胸をばわが胸の上《へ》に、
そぢやないか、俺等《おいら》は行かうぜ、
鼻ン腔《あな》アふくらましてヨ、
空ははればれ
朝のお日様アおめへをうるほす
酒でねえかヨ……
寒げな森が、血を出してらアな
恋しさ余つて、
枝から緑の雫を垂れてヨ、
若芽出してら、
それをみてれアおめへも俺も、
肉が顫はア。
苜蓿《(うまごやし)》ン中おめへはブツ込む
長《なげ》エ肩掛、
大きな黒瞳《くろめ》のまはりが青味の
聖なる別嬪、
田舎の、恋する女ぢやおめへは、
何処へでも
まるでシャンペンが泡吹くやうに
おめへは笑を撒き散らす、
俺に笑へよ、酔つて暴れて
おめへを抱かうぜ
こオんな具合《ぐえイ》に、――立派な髪毛ぢや
嚥んでやらうゾ
苺みてエなおめへの味をヨ、
肉の花ぢやよ
泥棒みてエにおめへを掠める
風に笑へだ
御苦労様にも、おめへを厭《いと》はす
野薔薇に笑へだ、
殊には笑へだ、狂つた女子《あまつこ》、
こちのひとへだ!……
十七か! おめへは幸福《しやはせ》。
おゝ! 広《ひれ》エ草ツ原、
素ツ晴らしい田舎!
――話しなよ、もそつと寄つてサ……
そなたが胸をばわが胸の上《へ》にだ、
話をしいしい
ゆつくりゆかうぜ、大きな森の方サ
雨水《あまみづ》の滝の方サ、
死んぢまつた小娘みてエに、
息切らしてヨウ
おめへは云ふだろ、抱いて行つてと
眼《め》エ細くして。
抱いてゆくともどきどきしてゐるおめへを抱いたら
小径の中へヨ、
小鳥の奴めアゆつくり構へて、啼きくさるだろヨ
榛《(はしばみ)》ン中で。
口※[#小書き片仮名ン、176−13]中へヨ俺ァ話を、注ぎ込んでやら、
おめへのからだを
締めてやらアな子供を寝かせる時みてエにヨウ、
おめへの血は酔ひ
肌の下をヨ、青ウく流れる
桃色調でヨ
そこでおめへに俺は云はアな、
――おい! とね、――おめへにヤ分らア
森は樹液の匂ひでいつぱい、
おてんと様ア
金糸でもつてヨ暗《くれ》エ血色の、森の夢なざ
ぐツと飲まアナ。
日暮になつたら?……俺等《おいら》ア帰《けへ》らア、
ずうツとつゞいた白い路をヨ、
ブラリブラリと道中《みちみち》草食ふ
羊みてエに。
青草|生《へ》エてる果物畑は、
しちくね曲つた林檎の樹が、
遠方《ゑんぱう》からでも匂ふがやうに、
強エ匂ひをしてらアな!
やんがて俺等は村に著く、
空が半分|暗《くれ》エ頃、
乳臭エ匂ひがしてゐようわサ
日暮の空気のそン中で、
臭エ寝藁で一杯《いつぺエ》の、
牛小屋の匂いもするベエよ、
ゆつくりゆつくり息を吐エてヨ
大ツきな背中ア
薄明《うすらあかり》で白ウくみえてヨ、
向ふを見ればヨ
牝牛がおつぴらに糞《くそ》してらアな、
歩きながらヨ。
祖母《ばば》は眼鏡エかけ
長《なげ》エ鼻をヨ
弥撒集《いのりぼん》に突ツ込み、鉛の箍《(たが)》の
ビールの壺はヨ
大きなパイプで威張りくさつて
突ン出た唇《くち》から煙を吐き吐き、
しよつちう吐エてる奴等の前でヨ、
泡を吹いてら、
突ン出た唇奴《くちめ》等もつともつとと、
ハムに食ひ付き、
火は手摺《(てすり)》附の寝台や
長持なんぞを照らし出してヨ、
丸々太つてピカピカしてゐる
尻を持つてる腕白小僧は
膝ついて、茶碗の中に突つ込みやがらア
その生《なま》ツ白《ちれ》エしやツ面《つら》を
その面《つら》を、小《ちひ》せエ声してブツクサ呟く
も一人の小憎の鼻で撫でられ
その小僧奴の丸
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