sまアる》い面《つら》に
接唇とくらア、
椅子の端ツこに黒くて赤《あけ》エ
恐ろし頭した
婆々《ばばあ》はゐてサ、燠《(おき)》の前でヨ
糸紡ぐ――
なんといろいろ見れるぢやねエかヨ、
この荒家《あばらや》の中ときた日にヤ、
焚火が明《あか》アく、うすみつともねエ
窓の硝子を照らす時!
紫丁香花《むらさきはしどい》咲いてる中の
こざつぱりした住居ぢや住居
中ぢや騒ぎぢや
愉快な騒ぎ……
来なよ、来なつてば、愛してやらあ、
わるかあるめエ
来なツたら来なよ、来せエしたらだ……
彼女曰く――
だつて職業《しごと》はどうなンの?
[#地付き]〔一五、八、一八七〇〕
[#改ページ]
音楽堂にて
[#地付き]シャルル※[#濁点付き片仮名ヰ、1−7−83]ル・ガアルの広場
貧弱な芝地になつてる広場の上に、
木も花も、何もかもこぢんまりした辻公園に、
暑さにうだつた市民たち、毎木曜日の夕べになると、
恋々と、愚鈍を提げて集つて来る。
軍楽隊は、その中央で、
ファイフのワルツの演奏中、頻りに軍帽《あたま》を振つてゐる。
それを囲繞《とりま》く人群の前の方には気取屋連が得意げで、
公証人氏は安ピカの、頭字《かしらじ》入のメタルに見入つてゐる際中《さなか》。
鼻眼鏡《ロルニヨン》の金利生活先生達は、奏楽の、調子の外《はづ》れを気にします。
無暗に太つた勤人《つとめにん》達等は、太つた細君連れてゐる、
彼女の側《おそば》に行きますは、いと世話好きな先生達、
彼女の著物の裾飾と来ちや、物欲しさうに見えてます。
隠居仕事に、食料を商《や》る連中の何時も集る緑のベンチ、
今日も彼等はステッキで砂を掻き掻き大真面目
何か契約上のこと、論議し合つてゐるのです、
何れお金のことでせう、扨『結局……』と云つてます。
お尻の丸味を床几の上に、どつかと据ゑてるブルジョワは、
はでな釦を附けてゐるビール腹したフラマン人、
オネン・パイプを嗜《たしな》んでゐる、ボロリボロリと煙草はこぼれる、
――ねえ、ホラ、あれは、密輸の煙草!
芝生の縁《ふち》では無頼漢共《わるども》が、さかんに冷嘲してゐます。
トロンボオンの節《ふし》につれ、甘《あま》アくなつた純心の
いとも気随な兵隊達は子守女と口をきかうと
まづその抱ゐてる赤ン坊をあやします。
――私は学生よろしくの身装《みなり》くづした態《ざま》なんです、
緑々《あを/\》としたマロニヱの、下にははしこい娘達、
彼女等私をよく知つてゐて、笑つて振向いたりします
その眼付にはいやらしい、要素も相当あるのです。
私は黙つてゐるのです。私はジツと眺めてる
髪束《かみたば》が風情をあたへる彼女等の、白《しろ》い頸《うなじ》。
彼女等の、胴衣と華車《ちやち》な装飾《かざり》の下には、
肩の曲線《カーブ》に打つづく聖《(きよ)》らの背中があるのです。
彼女等の靴も私はよく見ます、靴下だつてよく見ます。
扨美しい熱もゆる、全身像を更めて、私は胸に描きます。
彼女等私を嗤ひます、そして低声《(こごゑ)》で話し合ふ。
すると私は唇に、寄せ来る接唇《ベーゼ》を感じます。
[#地付き]〔一八七〇、八月〕
[#改ページ]
喜劇・三度の接唇
彼女はひどく略装だつた、
無鉄砲な大木は
窓の硝子に葉や枝をぶツつけてゐた。
意地悪さうに、乱暴に。
私の大きい椅子に坐つて、
半裸の彼女は、手を組んでゐた。
床《ゆか》の上では嬉しげに
小さな足が顫へてゐた。
私は視てゐた、少々顔を蒼くして、
灌木の茂みに秘《ひそ》む細かい光線が
彼女の微笑や彼女の胸にとびまはるのを。
薔薇の木に蠅が戯れるやうに、
私は彼女の、柔かい踝《くるぶし》に接唇した、
きまりわるげな長い笑ひを彼女はした、
その笑ひは明るい顫音符《トリロ》のやうにこぼれた、
水晶の擢片《かけら》のやうであつた。
小さな足はシュミーズの中に
引ツ込んだ、『お邪魔でしよ!』
甘つたれた最初の無作法、
その笑は、罰する振りをする。
かあいさうに、私の唇《くち》の下で羽搏《(はばた)》いてゐた
彼女の双の眼《め》、私はそおつと接唇けた。
甘つたれて、彼女は後方《うしろ》に頭を反らし、
『いいわよ』と云はんばかり!
『ねえ、あたし一寸云ひたいことあつてよ……』
私はなほも胸に接唇、
彼女はけた/\笑ひ出した
安心して、人の好い笑ひを……
彼女はひどく略装だつた、
無鉄砲な大木は
窓の硝子に葉や枝をぶツつけてゐた
意地悪さうに、乱暴に。
[#地付き]〔一八七〇、九月〕
[#改ページ]
物語
※[#ローマ数字1、1−13−21]
人十七にもなるといふと、石や金《かね》ではありません。
或る美しい夕べのこと、――灯火輝くカフヱーの
ビールがなんだ、レモナードがなんだ?――
人はゆきます遊歩場、緑色濃き菩提樹《(ぼだいじゆ)》の下。
菩提樹のなんと薫ること、六月の佳い宵々に。
空気は大変甘くつて、瞼閉じたくなるくらゐ。
程遠き街の響を運ぶ風
葡萄の薫り、ビールの薫り。
※[#ローマ数字2、1−13−22]
枝の彼方の暗い空
小さな雲が浮かんでる、
甘い顫《(ふる)》へに溶けもする、白い小さな
悪い星|奴《め》に螫《(さ)》されてる。
六月の宵!……十七才!……人はほろ酔ひ陶然となる。
血はさながらにシャンペンで、それは頭に上ります。
人はさまよひ徘徊《(はいくわい)》し、羽搏く接唇《くちづけ》感じます
小さな小さな生き物の、羽搏く接唇《くちづけ》……
※[#ローマ数字3、1−13−23]
のぼせた心はありとある、物語にまで拡散し、
折しも蒼い街灯の、明りの下を過ぎゆくは
可愛いい可愛いい女の子
彼女の恐《こは》い父親の、今日はゐないをいいことに。
扨《(さて)》、君を、純心なりと見てとるや、
小さな靴をちよこちよこと、
彼女は忽ちやつて来て、
――すると貴君の唇《くち》の上《へ》の、単純旋律《カ※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]チナ》やがて霧散する。
※[#「IIII」、192−5]
貴君は恋の捕虜となり、八月の日も暑からず!
貴君は恋の捕虜となり、貴君の恋歌は彼女を笑まし。
貴君の友等は貴君を去るも、貴君関する所に非ず。
――さても彼女は或る夕べ、貴君に色よい手紙を呉れる。
その宵、貴君はカフヱーに行き、
ビールも飲めばレモナードも飲む……
人十七にもなるといふと、遊歩場の
菩提樹の味知るといふと、石や金《かね》ではありません。
[#地付き]〔一八七〇、九月二十三日〕
[#改ページ]
冬の思ひ
僕等冬には薔薇色の、車に乗つて行きませう
中には青のクッションが、一杯の。
僕等仲良くするでせう。とりとめもない接唇の
巣はやはらかな車の隅々。
あなたは目をば閉ぢるでせう、窓から見える夕闇を
その顰《(しか)》め面を見まいとて、
かの意地悪い異常さを、鬼畜の如き
愚民等を見まいとて。
あなたは頬を引ツ掻かれたとおもふでせう。
接唇《くちづけ》が、ちよろりと、狂つた蜘蛛のやうに、
あなたの頸を走るでせうから。
あなたは僕に云ふでせう、『探して』と、頭かしげて、
僕等蜘蛛|奴《め》を探すには、随分時間がかかるでせう、
――そいつは、よつぽど駆けまはるから。
[#地付き]一八七〇、十月七日、車中にて。
[#改ページ]
災難
霰弾《(さんだん)》の、赤い泡沫《しぶき》が、ひもすがら
青空の果で、鳴つてゐる時、
その霰弾を嘲笑《あざわら》つてゐる、王の近くで
軍隊は、みるみるうちに崩れてゆく。
狂気の沙汰が搗《(つ)》き砕き
幾数万の人間の血ぬれの堆積《やま》を作る時、
――哀れな死者等は、自然よおまへの夏の中、草の中、歓喜の中、
甞《(かつ)》てこれらの人間を、作つたのもおゝ自然《おまえ》!――
祭壇の、緞子《(どんす)》の上で香を焚き
聖餐杯《(せいさんはい)》を前にして、笑つてゐるのは神様だ、
ホザナの声に揺られて睡り、
悩みにすくんだ母親達が、古い帽子のその下で
泣きながら二スウ銅貨をハンケチの
中から取り出し奉献する時、開眼するのは神様だ
[#地付き]〔一八七〇、十月〕
[#改ページ]
シーザーの激怒
蒼ざめた男、花咲く芝生の中を、
黒衣を着け、葉巻|咥《(くは)》へて歩いてゐる。
蒼ざめた男はチュイルリの花を思ふ、
曇つたその眼《め》は、時々烈しい眼付をする。
皇帝は、過ぐる二十年間の大饗宴に飽き/\してゐる。
かねがね彼は思つてゐる、俺は自由を吹消さう、
うまい具合に、臘[#「臘」に「(ママ)」の注記]燭のやうにと。
自由が再び生れると、彼は全くがつかりしてゐた。
彼は憑《(つ)》かれた。その結ばれた唇の上で、
誰の名前が顫へてゐたか? 何を口惜《くや》しく思つてゐたか?
誰にもそれは分らない、とまれ皇帝の眼《め》は曇つてゐた。
恐らくは眼鏡を掛けたあの教父、教父の事を恨んでゐた、
――サン・クルウの夕べ夕べに、かぼそい雲が流れるやう
その葉巻から立ち昇る、煙にジツと眼《め》を据ゑながら。
[#地付き]〔一八七〇、十月〕
[#改ページ]
キャバレ・※[#濁点付き片仮名ヱ、1−7−84]ールにて
[#地付き]午後の五時。
五六日前から、私の靴は、路の小石にいたんでゐた、
私は、シャルルロワに、帰つて来てゐた。
キャバレ・※[#濁点付き片仮名ヱ、1−7−84]ールでバタサンドヰッチと、ハムサンドヰッチを私は取つた、
ハムの方は少し冷え過ぎてゐた。
好い気持で、緑のテーブルの、下に脚を投出して、
私は壁掛布《かべかけ》の、いとも粗朴な絵を眺めてた。
そこへ眼の活々とした、乳房の大きく発達した娘《こ》が、
――とはいへ決していやらしくない!――
にこにこしながら、バタサンドヰッチと、
ハムサンドヰッチを色彩《いろどり》のある
皿に盛つて運んで来たのだ。
桃と白とのこもごものハムは韮の球根《たま》の香放ち、
彼女はコップに、午後の陽をうけて
金と輝くビールを注いだ。
[#地付き]〔一八七〇、十月〕
[#改ページ]
『皇帝万歳!』の叫び共に贏《(か)》ち得られたる
花々しきサアルブルックの捷利
[#地付き]三十五サンチームにてシャルルロワで売つてゐる色鮮かなベルギー絵草紙
青や黄の、礼讃の中を皇帝は、
燦たる馬に跨つて、厳《いか》しく進む、
嬉しげだ、――今彼の眼《め》には万事が可《よ》い、――
残虐なることゼウスの如く、優しきこと慈父の如しか。
下の方には、歩兵達、金色《こんじき》の太鼓の近く
赤色《せきしよく》の大砲《ほづつ》の近く、今し昼寝をしてゐたが、
これからやをら起き上る。ピトウは上衣を着終つて、
皇帝の方に振向いて、偉《おほ》いなる名に茫然自失《ぼんやり》してゐる。
右方には、デュマネエが、シャスポー銃に凭《もた》れかゝり、
丸刈の襟頸《えりくび》が、顫へわななくのを感じてゐる、
そして、『皇帝万歳!』を唱へる。その隣りの男は押黙つてゐる。
軍帽は恰《(あたか)》も黒い太陽だ!――その真ン中に、赤と青とで彩色された
いと朴訥なボキヨンは、腹を突き出し、ドツカと立つて、
後方部隊を前に出しながら、『何のためだ?……』と云つてるやうだ。
[#地付き]〔一八七〇、十月〕
[#改ページ]
いたづら好きな女
ワニスと果物の匂ひのする、
褐色の食堂の中に、思ふ存分
名も知れぬベルギー料理を皿に盛り、
私はひどく大きい椅子に埋まつてゐた。
食べながら、大時計《オルロージュ》の音を聞き、好い気持でジツとしてゐた。
サツとばかりに料理場の扉《と》が開くと、
女中が出て来た、何事だらう、
とにかく下手な襟掛をして、ベルギー・レースを冠つてゐる。
そして小さな顫へる指で、
桃の肌へのその頬を絶えずさは
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