tもあればお乳もあります。
小生。――牝牛等呑んでる所《とこ》へゆく。
私《わし》達はおまへの祖先《みおや》。
さ、持つといで
戸棚の中の色んなお酒。
上等の紅茶、上等の珈琲、
薬鑵の中で鳴つてます。
――絵をごらん、花をごらん。
私《わし》達は墓の中から甦《かへ》つて来ますよ。
小生。――骨甕をみんな、割つちやへばよい。
※[#ローマ数字2、1−13−22]
精神
永遠無窮な水精《みづはめ》は、
きめこまやかな水|分割《わか》て。
※[#濁点付き片仮名ヱ、1−7−84]ニュス、蒼天の妹は、
きれいな浪に情けを含《(こ)》めよ。
ノルヱーの彷徨ふ猶太人《(ユダヤじん)》等は、
雪について語つてくれよ。
追放されたる古代人等は、
海のことを語つてくれよ。
小生。――きれいなお魚《さかな》はもう沢山、
水入れた、コップに漬ける造花だの、
絵のない昔噺は
もう沢山。
小唄作者よ、おまへの名附け子、
水※[#「虫+息」、118−8]《ヒイドル》こそは私の渇望《かわき》、
憂ひに沈み衰耗し果てる
口なき馴染みのかの水※[#「虫+息」、118−10]《ヒイドル》。
※[#ローマ数字3、1−13−23]
仲間
おい、酒は浜辺に
浪をなし!
ピリツとくる奴、苦味酒《ビットル》は
山の上から流れ出す!
どうだい、手に入れようではないか、
緑柱めでたきかのアプサン宮《きう》……
小生。――なにがなにやらもう分らんぞ。
ひどく酔つたが、勘免[#「免」に「ママ」の注記]しろい。
俺は好きだぞ、随分好きだ、
池に漬つて腐るのは、
あの気味悪い苔水の下
漂ふ丸太のそのそばで。
※[#ローマ数字4、1−13−24]
哀れな空想
恐らくはとある夕べが俺を待つ
或る古都で。
その時こそは徐《(しづ)》かに飲まう
満足をして死んでもゆかう、
たゞそれまでの辛抱だ!
もしも俺の不運も終焉《をは》り、
お金が手に入ることでもあつたら、
その時はどつちにしたものだらう?
北か、それとも葡萄の国か?……
――まあまあ今からそんなこと、
空想したつてはじまらぬ。
仮りに俺がだ、昔流儀の
旅行家様になつたところで、
あの緑色の旅籠屋が
今時《いまどき》あらうわけもない。
※[#ローマ数字5、1−13−25]
結論
青野にわななく鳩《ふたこゑどり》、
追ひまはされる禽獣《とりけもの》、
水に棲むどち、家畜どち、
瀕死の蝶さへ渇望《かわき》はもつ。
さば雲もろとも融けること、
――すがすがしさにうべなはれ、
曙《あけぼの》が、森に満たするみづみづし
菫の上に息絶ゆること!
[#改ページ]
恥
刃《は》が脳漿を切らないかぎり、
白くて緑《あを》くて脂《あぶら》ぎつたる
このムツとするお荷物の
さつぱり致そう筈もない……
(あゝ、奴は切らなけあなるまいに、
その鼻、その脣《くち》、その耳を
その腹も! すばらしや、
脚も棄てなけあなるまいに!)
だが、いや、確かに
頭に刃、
脇に砂礫《こいし》を、
腸に火を
加へぬかぎりは、寸時たりと、
五月蠅《(うるさ)》い子供の此ン畜生が、
ちよこまかと
謀反気やめることもない
モン・ロシウの猫のやう、
何処《どこ》も彼処《かしこ》も臭くする!
――だが死の時には、神様よ、
なんとか祈りも出ますやう……
[#改ページ]
若夫婦
部屋は濃藍の空に向つて開かれてゐる。
所狭いまでに手文庫や櫃!
外面《そとも》の壁には一面のおはぐろ花
そこに化物の歯茎は顫へてゐる。
なんと、天才流儀ぢやないか、
この消費《つひえ》、この不秩序は!
桑の実呉れるアフリカ魔女の趣好もかくや
部屋の隅々には鉛縁《なまりぶち》。
と、数名の者が這入つて来る、不平|面《づら》した名附親等が、
色んな食器戸棚の上に光線《ひかり》の襞《(ひだ)》を投げながら、
さて止る! 若夫婦は失礼千万にも留守してる
そこでと、何にもはじまらぬ。
聟殿《(むこ)》は、乗ぜられやすい残臭を、とゞめてゐる、
その不在中、ずつとこの部屋中に。
意地悪な水の精等も
寝床をうろつきまはつてゐる。
夜《よ》の微笑、新妻《にひづま》の微笑、おゝ! 蜜月は
そのかずかずを摘むのであらう、
銅《あかがね》の、千の帯にてかの空を満たしもしよう。
さて二人は、鼠ごつこもするのであらう。
――日が暮れてから、銃を打つ時出るやうな
気狂ひじみた蒼い火が、出さへしなけれあいいがなあ。
――寧ろ、純白神聖なベツレヘムの景観が、
この若夫婦の部屋の窓の、あの空色を悩殺するに如《(し)》かずである!
[#改ページ]
忍耐
[#地付き]或る夏の。
菩提樹の明るい枝に
病弱な鹿笛の音は息絶える。
しかし意力のある歌は
すぐりの中を舞ひめぐる。
血が血管で微笑めば、
葡萄の木と木は絡まり合ふ。
空は天使と美しく、
空と波とは聖体拝受。
外出だ! 光線《ひかり》が辛いくらゐなら、
苔の上にてへたばらう。
やれ忍耐だの退屈だのと、
芸もない話ぢやないか!……チエツ、苦労とよ。
ドラマチックな夏こそは
『運』の車にこの俺を、縛つてくれるでこそよろし、
自然よ、おまへの手にかゝり、
――ちつとはましに賑やかに、死にたいものだ!
ところで羊飼さへが、大方は
浮世の苦労で死ぬるとは、可笑《(をか)》しなこつた。
季節々々がこの俺を使ひ減らしてくれゝばいい。
自然よ、此の身はおまへに返す、
これな渇きも空腹《ひもじさ》も。
お気に召したら、食はせろよ、飲ませろよ。
俺は何にも惑ひはしない。
御先祖様や日輪様にはお笑草でもあらうけど、
俺は何にも笑ひたかない
たゞこの不運に屈托だけはないやうに!
[#改ページ]
永遠
また見付かつた。
何がだ? 永遠。
去《い》つてしまつた海のことさあ
太陽もろとも去《い》つてしまつた。
見張番の魂よ、
白状しようぜ
空無な夜《よ》に就き
燃ゆる日に就き。
人間共の配慮から、
世間|共通《ならし》の逆上《のぼせ》から、
おまへはさつさと手を切つて
飛んでゆくべし……
もとより希望があるものか、
願ひの条《すぢ》があるものか
黙つて黙つて勘[#「勘」に「(ママ)」の注記]忍して……
苦痛なんざあ覚悟の前。
繻子《(しゆす)》の肌した深紅の燠《(おき)》よ、
それそのおまへと燃えてゐれあ
義務《つとめ》はすむといふものだ
やれやれといふ暇もなく。
また見付かつた。
何がだ? 永遠。
去《い》つてしまつた海のことさあ
太陽もろとも去《い》つてしまつた。
[#改ページ]
最も高い塔の歌
何事にも屈従した
無駄だつた青春よ
繊細さのために
私は生涯をそこなつたのだ、
あゝ! 心といふ心の
陶酔する時の来らんことを!
私は思つた、忘念しようと、
人が私を見ないやうにと。
いとも高度な喜びの
約束なしには
何物も私を停めないやう
厳かな隠遁よと。
ノートルダムの影像《イマージュ》をしか
心に持たぬ惨めなる
さもしい限りの
千の寡婦《(くわふ)》等も、
処女マリアに
祈らうといふか?
私は随分忍耐もした
決して忘れもしはすまい。
つもる怖れや苦しみは
空に向つて昨日|去《い》つた。
今たゞわけも分らぬ渇きが
私の血をば暗くする。
忘れ去られた
牧野ときたら
香《かをり》と毒麦身に着けて
ふくらみ花を咲かすのだ、
汚い蠅等の残忍な
翅音《はおと》も伴ひ。
何事にも屈従した
無駄だつた青春よ、
繊細さのために
私は生涯をそこなつたのだ。
あゝ! 心といふ心の
陶酔する時の来らんことを!
[#改ページ]
彼女は埃及舞妓か?
彼女は埃及舞妓《アルメ》か?……かはたれどきに
火の花と崩《くづほ》れるのぢやあるまいか……
豪華な都会にほど遠からぬ
壮んな眺めを前にして!
美しや! おまけにこれはなくてかなはぬ
――海女《あま》や、海賊の歌のため、
だつて彼女の表情は、消え去りがてにも猶海の
夜《よる》の歓宴《うたげ》を信じてた!
[#改ページ]
幸福
季節《とき》が流れる、城寨《おしろ》が見える、
無疵《(むきず)》な魂《もの》なぞ何処にあらう?
季節《とき》が流れる、城寨《おしろ》が見える、
私の手がけた幸福の
秘法を誰が脱《のが》れ得よう。
ゴオルの鶏《とり》が鳴くたびに、
「幸福」こそは万歳だ。
もはや何にも希ふまい、
私はそいつで一杯だ。
身も魂も恍惚《とろ》けては、
努力もへちまもあるものか。
季節《とき》が流れる、城寨《おしろ》が見える。
私が何を言つてるのかつて?
言葉なんぞはふつ飛んぢまへだ!
季節《とき》が流れる、城寨《おしろ》が見える!
[#改ページ]
飢餓の祭り
俺の飢餓よ、アンヌ、アンヌ、
驢馬に乗つて失せろ。
俺に食慾《くひけ》があるとしてもだ
土や礫《いし》に対してくらゐだ。
Dinn! dinn! dinn! dinn! 空気を食はう、
岩を、炭を、鉄を食はう。
飢餓よ、あつちけ。草をやれ、
音《おん》の牧場に!
昼顔の、愉快な毒でも
吸ふがいい。
乞食が砕いた礫《いし》でも啖《くら》へ、
教会堂の古びた石でも、
洪水の子の磧の石でも、
寒い谷間の麺麭《(パン)》でも啖へ!
飢餓とはかい、黒い空気のどんづまり、
空鳴り渡る鐘の音。
――俺の袖引く胃の腑こそ、
それこそ不幸といふものさ。
土から葉つぱが現れた。
熟れた果肉にありつかう。
畑に俺が摘むものは
野蒿苣《のぢしや》に菫だ。
俺の飢餓よ、アンヌ、アンヌ、
驢馬に乗つて失せろ。
[#改ページ]
海景
銀の戦車や銅《あかがね》の戦車、
鋼《はがね》の船首や銀の船首、
泡を打ち、
茨の根株を掘り返す。
曠野の行進、
干潮の巨大な轍《あと》は、
円を描いて東の方へ、
森の柱へ波止場の胴へ、
くりだしてゐる、
波止場の稜は渦巻く光でゴツゴツだ。
[#改丁]
[#ページの左右中央]
追加篇
[#改ページ]
孤児等のお年玉
※[#ローマ数字1、1−13−21]
薄暗い部屋。
ぼんやり聞こえるのは
二人の子供の悲しいやさしい私話《ささやき》。
互ひに額を寄せ合つて、おまけに夢想《ゆめ》で重苦しげで、
慄へたり揺らいだりする長い白いカーテンの前。
戸外《そと》では、小鳥たちが寄り合つて、寒がつてゐる。
灰色の空の下で彼等の羽はかじかんでゐる。
さて、霧の季節の後《あと》に来た新年は、
ところどころに雪のある彼女の衣裳を引摺りながら、
涙をうかべて微笑をしたり寒さに慄へて歌つたりする。
※[#ローマ数字2、1−13−22]
二人の子供は揺れ動くカーテンの前、
低声で話をしてゐます、恰度《(ちやうど)》暗夜に人々がさうするやうに。
遠くの囁でも聴くやう、彼等は耳を澄ましてゐます。
彼等屡々、目覚時計の、けざやかな鈴《りん》の音には
びつくりするのでありました、それはりんりん鳴ります 鳴ります、
硝子の覆ひのその中で、金属的なその響き。
部屋は凍てつく寒さです。寝床の周囲《まはり》に散らばつた
喪服は床《ゆか》まで垂れてます。
酷《きび》しい冬の北風は、戸口や窓に泣いてゐて、
陰気な息吹を此の部屋の中までどんどん吹き込みます。
彼等は感じてゐるのです、何かゞ不足してゐると……
それは母親なのではないか、此のいたいけな子達にとつて、
それは得意な眼眸《まなざし》ににこにこ微笑を湛へてる母親なのではないでせうか?
母親は、夕方独りで様子ぶり、忘れてゐたのでありませうか、
灰を落としてストーブをよく燃えるやうにすることも、
彼等の上に羊毛や毬毛《わたげ》を
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