うな声が洩れている。顔面の皮膚は渋茶で、びっしょり雫を垂れた髪が、一すじ二すじ、横じわの額にはりついて、その垂れた髪の毛の間から、カッと見ひらいた眼が、物凄い光を放ってこちらをねめつけている。
 私は大声をだそうとした。飛び起きようとした。だが喉はからからに乾いて、声はおろか身動きもできなかった。妖怪、幽霊というものは、霧のごとくボーッとしているものであると聞いていたが、この老婆の顔は、白眼に浮いた赤糸のような血管まで、はっきりと見えるではないか。躰中に戦慄が走った。必死に目をつぶろうとしたが、どうしたことか瞬き一つ不可能だった。
(アー、恐ろしい)と思った時、老婆の顔がぐらりとゆれた。影でもひくように、首の動きにつれて髪の毛が長く糸を引いた。生首が徐々に浮き上りつつこちらへ迫ってくる。はっとした。だが、次の瞬間、私の目に入ったのは、めくら縞の着物がぴったりとまつわりついた、骨と皮さながらの上半身だった。あばら骨が斜にせりあがっている。私はあまりの恐ろしさに布団を頭から被ろうしたが[#「被ろうしたが」はママ]、はや手足は利かなかった。と、その三尺位のずぶ濡れの体が、四つん這いになり、私
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