いるような時にそういう姿になるような気がする。ボクなんかの考えとしては、母の胎内にいる時ということが頭にあるんじゃないか。先入意識にあるんじゃないか。女性の腹の中でボクは育ったのですから。そんな気がして、何か厳かなような気がして、自分の生まれ落ちたその女性というものを非常に恐れる。尊敬と、その中に自然に恐れているような気がするのです。これが何か男が姙娠するような、つまり赤ちゃんを産めるのなら対等的な恐怖なんかないような気がするのでそんな気がするのです。
 男というものは女性と違って社会に活動するのには非常な敵を持っている。七人の敵があるということは事実なんで、現在ではそれ以上のものがある。乱暴な自動車、乗物、汽車などは不完全な乗物で、日々の新聞を賑わすような物騒なできごとが多い。いつそういうできごとが自分の上に起るか分らない。そういう危険に、男はしょちゅうさらされている。会社に行けば何となく上の方の人に神経も使わなければならない。非常に外に出ると消耗するのです。それですから、われわれのような絵を描く者さえも家を出る時は家内がどんなことがあっても気持よく出さなければいけない。一日の出発で
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