でかへて、猛然とうなつて反抗を示したのにはびつくりした。
「もう、とてもかみつく元気はないと思つてましたが、中々もつて気のつよい犬ですね」と獣医さんも舌をまいて感心してゐる。
しかし、かみつくことは身体の自由がきかないので出来なかつた。いつもなら、もうかみつかれてゐる所である。
「この傷だけならなほりますが、内出血がひどいから、とても駄目ですね」と云ひ、傷の方の手当の道具をもつて来てないからと、直ぐ又、自転車で引返して行つた。
日が西に傾いて夕方の風が冷くなつた。私は地面へ坐つて、筆に含ませた水を「みの」の口へそゝいでやつてゐた。
あんなに欲しがつてゐた水だつたけど、もう「みの」には飲む力がなかつた。
「みの」は相変らずの姿勢で何かを思ひ出してるやうな、ます/\深い輝きをもつた黒い瞳を、じつと暮れかける空の向ふの方に向けてゐた。
死んぢやつたんぢやないかしら、と思ふ程、その眼はしづかで動かなかつた。
私は、やつぱりかういふきれいな夕暮れの戸山ヶ原の草の中に、二人で坐つてゐた、あの頃の「みの」を思つてゐた。
あの時のみの[#「みの」に傍点]の眼は、やつぱりこんなにきれいだつた
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