つてシヤンパンを出して来ないか。」
 婆あさんは主人の顔を意味ありげに見た。どういふ考で言ひ附けるかと疑ふ様子である。
「旦那様はいつも御自分でお出し遊ばすではございませんか。」
 主人は輪に通した鍵を婆あさんに渡した。
「これで出して来い。一番上の棚の右の方だ。」婆あさんは鍵を受取つた。敢て反抗はしない。併し主人の魂胆を見抜いたのである。なんでも主人は婆あさんを出し抜いて、一人で階段の上に迎へに出て、燕尾服を着たところを、娘に見せる積りらしい。
「それからな、シヤンパンは氷で冷さなくてはな。」
「それはさうでございますとも。」
 婆あさんは不平なので、戸を荒々しく締めて出て行つた。
 主人は微笑みながら婆あさんを見送つて、揉手をしてゐる。今度こそはあの婆あさんを旨く出し抜いて遣つたと思ふのである。
     ――――――――――――
 ボヂル婆あさんは穴倉の梯子の中程に、左の手にシヤンパンの瓶を持つて、右の手で欄干を掴まへて立つてゐる。
 この時恐ろしい叫声が二声聞えた。気の違つたやうな、荒々しい叫声である。別荘の部屋々々に響き渡つて、それを聞くものは胆を冷して、体が凝《こ》り固まつ
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