てしまひさうであつた。丁度その跡で、殆ど同時にどしんと物の打《ぶ》つつかる音がして、がらがらめりめりといふと思ふと、家中の壁が地震のやうに震動した。何か大きな動物が、家に打つつかつて死んだかと思ふやうである。
 その跡はひつそりした。暫くしてから人の叫んだり、泣いたり、走り廻つたりする音が聞えて来た。そして婆あさんが梯子を登つて、玄関まで来た時には、お嬢さんの死骸が床《とこ》の上に横はつてゐた。その傍には主人が跪《ひざまづ》いてゐる。燕尾服に白襟を附けて、綬を佩びて。
     ――――――――――――
 お嬢さんと家来のヰクトルと二人で、自動車に乗つて帰つたのである。技手は一時間も立つてから、歩いて帰つて来た。
 技手の云ふには、どうも自動車の機関が狂つてゐたとしか思はれない。なぜといふにヰクトルは自分と同じ位自動車を使ふ事を知つてゐるから、止められなくなる筈がないと云ふのである。
 併しなぜ二人が、技手を出し抜いて先へ帰つたかといふ事は、技手も説明することが出来なかつた。
 仲働きのカレンが見てゐた時、二人は前の馭者台に並んで乗つてゐて、その車が恐ろしい速度で中庭の芝生を通つて、薔
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