薔薇
ROSEN
グスタアフ・ヰイド Gustav Wied
森林太郎訳
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)柁機《だき》
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技手は手袋を嵌めた両手を、自動車の柁機《だき》に掛けて、真つ直ぐに馭者台に坐つて、発車の用意をして待つてゐる。
白壁の別荘の中では、がたがたと戸を開けたり締めたりする音がしてゐる。それに交つて、好く響く、面白げな、若い女の声でかう云ふ。
「ボヂルや、ボヂルや。わたしのボアがないよ。ボアはどうしたの。」
「こゝにございます。お嬢様、こゝに。」
「手袋は。」
「あなた隠しにお入れ遊ばしました。」
別荘の窓は皆開けてある。九月の晴れた日が、芝生と、お嬢様のお好な赤い薔薇の花壇とに差してゐる。
入口の、幅の広い石段の一番下の段に家来が立つてゐる。褐色のリフレエが、しなやかな青年の体にぴつたり工合好く附いてゐる。手にはダネボルクの徽章の附いたシルクハツトを持つてゐる。もう十五分位、かうして立つて待つてゐるのである。
主人が急ぎ足に門《かど》へ出て来た。鼠色の朝の服を着て、白髪頭にパナマ帽を被《かぶ》つてゐる。
「エストリイドや。
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