と心配して身を顫はしてゐる。
 お嬢さんは突然大声で笑つた。
「お父う様。早く内へ這入つて戸をお締めなさいよう。わたしの今思ひ附いた事は、お父う様が見て入らつしやつては出来ない事なのですから。」
「なんだ。己《おれ》は這入らないぞ。己の門《もん》の石段に位は己だつてゐても好い筈だ。」主人は頗る威厳を保つて言つた積りである。
 家来は薔薇をお嬢さんの脇へ、果物の籠と一しよに置いた。その時お嬢さんは家来の耳に口を寄せて、なんだか囁いだ。
 家来は心配げに主人の顔を見た。
「早くよう。ヰクトルやあ。両方の耳に、追懸《おひかけ》のやうに附けるのだよ。」
 家来の口の周囲《まはり》には微笑の影が浮んだ。遠慮がし切れなかつたのである。「でも、お嬢様、馬は附けてございません。」
 お嬢さんは大声で笑つた。
「ほんとにねえ。馬はゐなかつたつけねえ。わたしすつかり忘れてゐてよ。そんなら好いから、あの明りを附けるものを取つてしまつて、あそこへ薔薇の枝をお插しよ。」
 家来は躊躇した。
「早くおしよ。早く、早く。」
 家来は又花壇へ帰つて行つて、薔薇を切つてゐる。
 主人は急いで石段を降りて来た。
「何をす
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