車に乗つた。併し乗つたかと思ふと、突然叫んだ。
「おう。籠々。フランチスカをばさんに上げる果物の籠があつたよ。ボヂルやあ。」
 主人は石段の上で足踏をしてゐる。
「いや早。女といふものは始末の悪いものだな。」
 それでもお嬢さんは、主人の顔を見上げて笑つて、指で接吻の真似をして見せる。
 ボヂル婆あさんが、年寄つた足で駈けられるだけ駈けて、果物の籠を持つて来た。
「さあ、こゝに置きます。」息を切らしながらかう言つて、籠をお嬢さんの脇に据ゑた。
「もう出掛けられるだらうな」と、主人が云つた。
 併しお嬢さんはこの時又叫び出した。花壇の薔薇が目に留まつたのである。
「わたしあの薔薇を持つて行つてよ。ヰクトルや。走つて行つて、あれを沢山切つてお出。」
「遅くなるよ。」
「だつてをばさんに薔薇を上げなくては。花も持たないで行つては、をばさんがなんと仰《おつし》やるか知れないわ。ヰクトルや。もう一本お切りよ。もう一本。沢山切るのだよ。」
 家来は両手に握り切れない程薔薇を持つて来た。しなやかな枝が、花の重みで垂れてゐる。
 主人は石段の上で足踏をしてゐる。婆あさんは、旦那が本当におこらねば好いが
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