はないかねえ。僕が酒にも酔つてゐず、気も狂つてゐない所を見ると、一層妙ぢやないか。勿論僕は此自殺によつて、何の自ら利する所もないが、それでも僕は此遂行を十分合理で自然だと認めてゐると云ふことを明言することが出来る。僕は此外に行くべき途を有せない。僕のためには此死が恰も呼吸の如き、避くべからざる行為である。尋常で必然な行為である。詰まり僕の今日《こんにち》までの生活は此点に到達しようとする、秘密な序幕である。僕はかうしなくてはならないやうに前から極められてゐるのだ。
 我々は偶然の出来事を漫《みだ》りに行為の原因だとすることがある。若しそんな風な物の考方を僕がするなら、僕は或る女のために死ぬるのだと云ふことが出来るだらう。なぜと云ふに、僕の心の内で行はれてゐる事、即ち僕の「前定《ぜんてい》」とでも名づくべき或る物を、僕に示してくれる徴候は、その女の傍にゐる時一層明かに見えるからである。併し此女がどれ丈僕の死に影響してゐるかと云ふと、それは真に道の上の一|塊《くわい》の石、風景の中の一|株《しゆ》の樹より大《だい》なる影響を与へてはゐない。だから此刹那に僕が此女の影像を思ひ浮べるのは、それ
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