不可説《ふかせつ》
アンリ・ド・レニエエ(Henri de Re[#「e」にアクサン‐テギュ]gnier)
森林太郎訳

−−
【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)家隷《けらい》

|:ルビの付いていない漢字とルビの付く漢字の境の記号
(例)一|塊《くわい》の石

/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)いよ/\
−−

 愛する友よ。此手紙が君の手に届いた時には、僕はもう此世にゐないだらう。此手紙の這入つた封筒が封ぜられて、僕の忠実な家隷《けらい》フランソアが「すぐに出せ」と云ふ命令と共に、それを受け取るや否や、今物を書いてゐる此机の引出しから、僕は拳銃を取り出して、それを手に持つて長椅子の上に横になるだらう。後《のち》に僕の死んでゐるのが、そこで見出されるだらう。長椅子に掛けてある近東製の氈《かも》を、流れ出る僕の血が汚《けが》さないやうにする積《つもり》だ。若しあの絹のやうに光る深紅色が余り傷んでゐなかつたら、君あれを記念に取つて置いてくれ給へ。あの冷やかな、鈍い色と、品の好い波斯《ペルシヤ》の模様とを君は好いてゐたのだから。

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