望をかれに伝へ、これにいひ継がれて、あるは諫《いさ》められ、あるは勧められむ煩《わずら》はしさに堪《た》へず。いはんやメエルハイムの如く心浅々しき人に、イイダ姫嫌ひて避けむとすなどと、おのれ一人にのみ係ることのやうにおもひ做《な》されむこと口惜《くちお》しからむ。われよりの願と人に知られで宮づかへする手立《てだて》もがなとおもひ悩むほどに、この国をしばしの宿にして、われらを路傍の岩木などのやうに見もすべきおん身が、心の底にゆるぎなき誠をつつみたまふと知りて、かねて我身いとほしみたまふファブリイス夫人への消息《しょうそこ》、ひそかに頼みまつりぬ。」
「されどこの一件《ひとくだり》のことはファブリイス夫人こころに秘めて族《うから》にだに知らせ玉はず、女官の闕員《けついん》あればしばしの務《つとめ》にとて呼寄せ、陛下《へいか》のおん望《のぞみ》もだしがたしとて遂にとどめられぬ。」
「うき世の波にただよはされて泳ぐ術《すべ》知らぬメエルハイムがごとき男は、わが身忘れむとてしら髪《が》生やすこともなからむ。唯《ただ》痛ましきはおん身のやどりたまひし夜、わが糸の手とどめし童《わらべ》なり。わが立ち
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