《し》かず、小林《こばやし》ぬしは明日わが隊とともにムッチェンのかたへ立ちたまふべければ、君たちの中にて一人塔の顛《いただき》へ案内《あない》し、粉ひき車のあなたに、※[#「さんずい+氣」、第4水準2−79−6]車《きしゃ》の烟《けぶり》見ゆるところをも見せ玉はずや、」といひぬ。
口|疾《と》きすゑの姫もまだ何とも答へぬ間に、「われこそ」といひしは、おもひも掛けぬイイダ姫なり。物おほくいはぬ人の習《ならい》とて、遽《にわか》に出《いだ》ししこと葉と共に、顔さと赤《あか》めしが、はや先に立ちて誘《いざな》ふに、われは訝《いぶか》りつつも随ひ行きぬ。あとにては姫たちメエルハイムがめぐりに集まりて、「夕餉《ゆうげ》までにおもしろき話一つ聞かせ玉へ、」と迫りたりき。
この塔は園に向きたるかたに、窪《くぼ》みたる階《きざはし》をつくりてその顛を平《たいらか》にしたれば、階段をのぼりおりする人も、顔に立ちたる人も下より明《あきらか》に見ゆべければ、イイダ姫が事もなくみづから案内せむといひしも、深く怪《あやし》むに足らず。姫はほとほと走るやうに塔の上口《のぼりくち》にゆきて、こなたを顧みたれば、
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