われも急ぎて追付き、段の石をば先に立ちて踏みはじめぬ。ひと足遅れてのぼり来る姫の息|促《せま》りて苦しげなれば、あまたたび休みて、漸《ようよ》う上にいたりて見るに、ここはおもひの外に広く、めぐりに低き鉄欄干をつくり、中央に大なる切石一つ据ゑたり。
 今やわれ下界を離れたるこの塔の顛にて、きのふラアゲヰッツの丘の上より遙《はるか》に初対面せしときより、怪しくもこころを引かれて、いやしき物好にもあらず、いろなる心にもあらねど、夢に見、現《うつつ》におもふ少女と差向ひになりぬ。ここより望むべきザックセン平野のけしきはいかに美しくとも、茂れる林もあるべく、深き淵《ふち》もあるべしとおもはるるこの少女が心には、いかでか若《し》かむ。
 険《けわ》しく高き石級をのぼり来て、臉《ほお》にさしたる紅《くれない》の色まだ褪《あ》せぬに、まばゆきほどなるゆふ日の光に照されて、苦しき胸を鎮《しず》めむためにや、この顛の真中なる切石に腰うち掛け、かの物いふ目の瞳をきとわが面《おもて》に注ぎしときは、常は見ばえせざりし姫なれど、さきに珍らしき空想の曲かなでし時にもまして美しきに、いかなればか、某《なにがし》の刻
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