かた備《そなわ》れりとぞいふなる。国王|陛下《へいか》にはいま始めて謁見《えっけん》す。すがた貌《かたち》やさしき白髪の翁《おきな》にて、ダンテの『神曲』訳したまひきといふヨハン王のおん裔《すえ》なればにや、応接いと巧《たくみ》にて、「わがザックセンに日本の公使置かれむをりは、いまの好《よしみ》にて、おん身の来《こ》むを待たむ、」など懇《ねもごろ》に聞《きこ》えさせ玉ふ。わが邦にては旧《ふる》きよしみある人をとて、御使《おんつかい》撰《えら》ばるるやうなる例《ためし》なく、かかる任に当るには、別に履歴なうては協《かな》はぬことを、知ろしめさぬなるべし。ここにつどへる将校百三十余人の中にて、騎兵の服着たる老将官の貌《かたち》きはめて魁偉《かいい》なるは、国務大臣ファブリイス伯なりき。
 夕暮に城にかへれば、少女《おとめ》らの笑ひさざめく声、石門の外《と》まで聞ゆ。車停むるところへ、はや馴れたる末の姫走り来て、「姉君たち『クロケット』の遊《あそび》したまへば、おん身も夥《なかま》になりたまはずや、」とわれに勧《すす》めぬ。大隊長、「姫君の機嫌損じたまふな。われ一個人にとりては、衣《ころも》
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