対岸《むこうぎし》の林を染め、微風《そよかぜ》はムルデの河づらに細紋をゑがき、水に近き草原には、ひと群の羊あり。萌黄色《もえぎいろ》の「キッテル」といふ衣短く、黒き臑《すね》をあらはしたる童、身の丈《たけ》きはめて低きが、おどろなす赤髪ふり乱して、手に持たる鞭《むち》面白げに鳴らしぬ。
この日は朝《あした》の珈琲を部屋にて飲み、午《ひる》頃大隊長と倶《とも》にグリンマといふところの銃猟仲間の会堂にゆきて演習見に来たまひぬる国王の宴《うたげ》にあづかるべきはずなれば、正服着て待つほどに、あるじの伯は馬車を借して階《きざはし》の上まで見送りぬ。われは外国士官といふをもて、将官、佐官をのみつどふるけふの会に招かれしが、メエルハイムは城に残りき。田舎なれど会堂おもひの外《ほか》に美しく、食卓の器は王宮よりはこび来ぬとて、純銀の皿、マイセン焼の陶《すえ》ものなどあり。この国のやき物は東洋のを粉本《ふんぽん》にしつといへど、染いだしたる草花などの色は、我|邦《くに》などのものに似もやらず。されどドレスデンの宮には、陶ものの間《ま》といふありて、支那《シナ》日本の花瓶《はながめ》の類《たぐい》おほ
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