跡《あと》慕《した》ふを、姫これより知りて、人してものかづけなどはし玉ひしが、いかなる故にか、目通《めどおり》を許されず、童も姫がたまたま逢ひても、こと葉かけたまはぬにて、おのれを嫌ひ玉ふと知り、はてはみづから避くるやうになりしが、いまも遠きわたりより守《も》ることを忘れず、好みて姫が住める部屋の窓の下に小舟《おぶね》繋《つな》ぎて、夜も枯草の裡《うち》に眠れり。」
 聞《き》き畢《おわ》りて眠《ねむり》に就くころは、ひがし窓の硝子《ガラス》はやほの暗うなりて、笛の音も断えたりしが、この夜イイダ姫おも影に見えぬ。その騎《の》りたる馬のみるみる黒くなるを、怪しとおもひて善《よ》く視《み》れば、人の面《おもて》にて欠唇なり。されど夢ごころには、姫がこれに騎りたるを、よのつねの事のやうに覚えて、しばしまた眺めたるに、姫とおもひしは「スフィンクス」の首《こうべ》にて、瞳《ひとみ》なき目なかば開きたり。馬と見しは前足おとなしく並べたる獅子《しし》なり。さてこの「スフィンクス」の頭《かしら》の上には、鸚鵡《おうむ》止まりて、わが面を見て笑ふさまいと憎し。
 つとめて起き、窓おしあくれば、朝日の光|
前へ 次へ
全35ページ中15ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
森 鴎外 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング