、それを眺めてゐる代りに、その手から餌を貰つてゐる小鳥を見てゐた。十二羽位もゐただらう。羽は滑かで、足には鱗が畳なつてゐて、吭《のど》は紫掛かつて赤く、嘴は珊瑚色をしてゐる。皆むく/\太つてゐるのに、争つて粒を啄《ついば》んでゐる。この卑しい餌を食ふのが得意らしい。そのうち鳩は仲間を呼び寄せた。仲間が密集してそこへおろして来た。このとたんに己は目を転じて赫くラクナの水を見た。一羽の大きい純白な鴎が咳嗄《しはが》れた声をして鳴きながら飛んで通つた。鋭い翼で風を截つて、力強く又素早く飛ぶ。己は此時鳩と鴎との懸隔に心附いて、己の身の上を顧みた。なんだかあの水鳥が己に尊い訓誨を垂れてくれたやうであつた。けふはこゝに、あすは遠方に、いつも活動してゐる水鳥の気象は、毎日暖い敷石の上で僥倖の餌を争つてゐる鳩とは違ふと思つた。ロレンツオや、聞いてくれ。己はこの鳥の寓言を理解したのだ。
ロレンツオや。己は即日世間へ出て、その千態万状の間に己の楽を求めようと発意《ほつい》した。先づ己の第一の最愛の友たるお前を回抱《くわいはう》して別を告げた。次にバルビさんに暇乞をした。それから銀行へ往つた。そして喜んで
前へ
次へ
全50ページ中7ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
森 鴎外 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング