己の命を聴く役人共の手に金をわたした。どこへ往つてもたつぷり金を賭けて、博奕をして、土地の流行《はやり》の衣服《きもの》を着て、その外勝手な為払《しはらひ》をするに事足る程の金をわたした。
それから出立した。ゴンドラの舟に身を托して陸に上つた。ヱネチアの運河の網は、少し乗り廻つてゐると、川筋がちよつと曲がると思ふや否や、元の所に帰つてゐる。なんだか自分が往来で自分に出逢ふやうな気がする。それに今陸に上《のぼ》つて見ると、これから真直にどこまででも行かれる。元の所に帰るやうな虞《おそれ》は無い。これまでとは大ぶ工合が違ふ。ずん/\歩いて行くうちには、きつと何か新しい事に出逢ふに違ひ無い。乗つてゐる馬車からして己には面白い。巌畳に出来てゐて、場席《ばせき》も広い。己は先づゆつたりと身をくつろげた。車の輪が一廻転する毎に、並木の木が一本|背後《うしろ》へ逃げる毎に、己は今までに知らぬ歓喜を覚えた。一匹の小犬が己の馬車に附いて走りながら、己の顔を見てひどくおこつて吠える。己はそれを見て、涙の出る程笑つた。そんな風で、どんな瑣細な事でも、己に面白く無いものは無かつた。
己は親類の老人アンドレ
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