或る風姿や態度の細かい所に気が附いて、その欲望にかなふやうにしてゐれば、決して情を通ずるに吝《やぶさか》でないさうだ。それに己はヱネチア製の首飾の鎖や、レエスや、小さい肖像を嵌めた印籠を、沢山|為入《しい》れて持つて来た。女に贈る品物にも事は闕かない。
己は庭に降りて歩きながら、自分がきつと経験するに極まつてゐる千差万別の奇遇の事を想像した。無論その相手は女である。己は目の前に恋愛の美しい幻影が新に現ずるのを見た。恋愛なぞと云ふものは、どこの国でも同じ事で、風俗習慣に従つて変態を生ずることは少いと云ふことを、己はまだ悟つてゐなかつたのだ。なんでも自分に千万無量の奇蹟や、意外の出来事が発見せられるやうに思つて、其間に何の疑をも挾《さしはさ》まなかつた。己は忽然《こつぜん》強烈な欲望を感じた。そしてもう自分がその物語めいた境界に身を置いてゐるやうに思つた。若し此刹那に己を呼び醒まして、お前はまだヱネチアを距《さ》ること数|哩《マイル》の議官アンドレア・バルヂピエロの別荘にゐるのではないかと云ふものがあつたら、己は何よりも奇怪な詞《ことば》としてそれを聞いただらう。そんな風に自分の平生の活
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